国立科学博物館 筑波実験植物園では2021年9月25日~10月3日にかけて、令和3年度企画展「きのこ展」が開催されます!
同企画展の開催に合わせ、雨宿拾遺物語ではコラボ特別企画を実施!連載マンガ『お嬢店長おかしまし』の菌類にまつわる特別編を掲載!そして国立科学博物館 植物研究部部長で筑波実験植物園の園長である細矢剛さんに様々なお話を伺ってきました!
※この特集は第13号(2021年10月号)にて掲載されたものです。
国立科学博物館は1877年に創立された日本で最も歴史のある博物館の一つ。総合科学博物館として調査研究、標本資料の収集・保管、展示・学習支援を行っています。
筑波実験植物園は茨城県つくば市にある国立科学博物館の施設の一つです。14万㎡の園内では日本、海外の様々な植物を植栽、展示しています。また、150万点を超える標本を収蔵し、管理・活用を行っています。
当Webサイト「雨宿拾遺物語(あまやどしゅういものがたり)」は雨宿拾遺が一人で編集するWebフリーマガジンです。毎月第一日曜日に更新し、自作のマンガ・小説等を公開しております。
今回の『お嬢おか』は特別編!
公園に現れた新顔のナゾを巡り、結子店長、琴美ちゃん、真乃夏ちゃんが向かった先は……?
表示されない場合はこちらさてみなさん!『お嬢おか』特別編を読んでいるうちにこう思いませんでしたか?
「菌類、気になってきたぞ……?」
そして雨宿もまた思ったのです。
「原稿18pじゃ書けること少ない!!!」
作者としてはおおよそ思っちゃいけないことを思ってますが、それはさておき!
菌類についてもっと知りたい!ということで国立科学博物館 植物研究部部長で菌類の研究を行っている細矢剛(ほそやつよし)さんに菌類についてのさらに深~いお話を余すところなく伺ってきました!
そしてそして、2021年9月25日~10月3日にかけて筑波実験植物園で開催される企画展「きのこ展」に関するイチオシ情報も聞いてきちゃいましたよ!
特大ボリュームでどうぞ!
雨宿拾遺(以下、雨宿):本日はよろしくお願いします!
細矢剛(以下、細矢):よろしくお願いします。
雨宿:細矢さんは日本菌学会の会長でもいらっしゃるということですが、日本菌学会とはどんな組織なんですか?
細矢:日本菌学会はおよそ1000人の菌類に関する専門家やアマチュアなどで構成される学会です。菌類を材料とした研究や産業への応用、あるいはキノコや菌類を楽しみたい人々が情報交換や研究成果の発表を行っています。
雨宿:まず基本的なこととして、菌とは何なんでしょう?こう言うとすごく抽象的な言い方ですけど……。僕たちが「菌」と呼ぶものの中にも様々な種類の生物が含まれているんですよね?
細矢:一般的なイメージとして「菌」を語るなら「光合成をしない植物のような生き物」という言い方ができるでしょう。アリストテレス※1は生物を動物と植物に分類しましたが、これは動くか動かないかという簡単な基準であり、それによれば菌類は植物ということになります。しかしその後、光合成をしない生き物は植物ではない、ということになって「動物でも植物でもないそれ以外の生物」という分類が生まれました。ここには様々な系統の生物が含まれますが、その中の大部分がいわゆるカビ・キノコ・コウボといった「菌類」なんですね。
雨宿:この「それ以外」の生物のうち、どこからどこまでを「菌類」とするかの区分には難しさがあるんですね?
細矢:はい。「菌類」の分類を難しくしている最大の要因は「単一の基準で分類しきれない」というところにあります。例えば「菌の例を挙げてください」というと大腸菌・乳酸菌・納豆菌の三つは必ずと言っていいほど挙げられますが、これらは「菌類」ではありません。カビ・キノコ・コウボのような真菌類とこれらの菌の違いは「細胞に核があるかないか」です。ただし変形菌は細胞に核がありますが、菌類ではありません。なので「細胞の核の有無」という基準だけで「菌類」を区分することはできません。ここではもう一つ「アメーバになるかならないか」という基準を設ける必要がでてきます。「単一の基準で分類しきれない」とはこういうことですね。
雨宿:じゃあどういった定義を設ければ菌類を完全に分類できるんでしょうか?
細矢:先ほど言った「細胞に核がある」ということの他に、「キチン※2質の細胞壁を持つ」という特徴も挙げられます。あと、「菌糸を構成する」という特徴もありますね。ところが、コウボの仲間は菌糸を作りません。だ・け・ど、すべてのコウボが菌糸を作らないわけではない。それじゃあ「菌糸またはコウボで形成される」と言えばいいか?――すると菌糸を作らずコウボでもないツボカビ類があぶれてしまいます。
雨宿:え、えぇ……。
細矢:何かで定義すると必ずはみ出し者が出る、これが菌類が多様で面白いところですね。
※1 アリストテレス……紀元前384年 - 紀元前322年、古代ギリシアの哲学者。「自然哲学者」として、あらゆる学問で現代で言う科学者のような研究活動も行っていた。
※2 キチン……多糖類の一種。真菌類の細胞壁の主成分である他、エビ・カニ・甲虫類の殻を組織する成分でもある。
雨宿:お風呂のタイルにカビが生えるとか、食べ物が腐るとか、菌類が生育する場所は汚い場所だ、といったイメージを持ってしまいがちですが、実際のところどうなんでしょう?
細矢:これは間違いですね。私たちは菌が発生しない環境を「清潔な場所」と呼んでいるのであって、そうでない場所が「汚い場所」というわけではないでしょう。そもそも、菌類はどこにでもいるものですからね。逆に、地球上で菌類がいない場所はどこだと思いますか?
雨宿:南極では食べ物が腐らないって聞いたことありますが……。
細矢:実は南極の氷の中にも菌はいます。胞子は氷の中でも長い間機能を保つことができるんです。
雨宿:えーと……
細矢:逆に熱いところとかは?
雨宿:火山?
細矢:そう、溶岩の中には流石に菌類も生息できません。というわけで、それ以外の場所には基本的に菌類はいます。ただしこれは必ずしも「生息している」わけではなくて、胞子の姿で漂っているだけのこともあります。
雨宿:マツタケはマツの木の近くに生育しますが、菌によって生育に適した環境があるということですか?
細矢:菌類それぞれに「好み」はあります。お風呂のカビと言えば黒カビが思い浮かびますよね、あれはお風呂の環境がそのような菌にとって「好み」の環境だからです。胞子として漂ったのち、然るべき場所にたどり着いたらそこで生育するんですね。
雨宿:キノコの図鑑が出版され「かわいいもの」として取り上げられたりしていますが、確かにキノコは色も形も本当に様々ですよね。キノコに限らず菌類はさらにさまざまな種が存在します。どうしてここまで多様性に富んでいるんでしょう?
細矢:うーん、これが分かんないから研究してるんだけどね(笑)。菌類の定義の一つに「従属栄養生物である」ことが挙げられます。それと同時に菌類は動きませんから、生きていくためには周囲の環境と相互関係を結ぶ必要があります。ここで問題が生じてきます。もしこれが動物だったら、同じ場所で同じ餌を奪い合わずともどちらかが別な場所へ移動すればいいんですが、菌類にはそれができない。菌同士が出会ってしまった場合、戦うか、折り合いをつけて共存するかの二択です。こうした衝突を避けるためにそもそもの生育環境・栄養源を分けるとか、それでも出会ってしまったら争いに勝てるように強くなるか、共存の道を模索するか……。このようにして菌類に多様性が生まれたと考えられます。
雨宿:(菌類も大変だな……)
細矢:そういった生存戦略の結果として多様性が色や形状といった目に見える形で現れることもあるでしょうし、機能として現れることもあります。例えば、菌類は菌糸から酵素を出して周囲の栄養源を分解、糖として吸収しますが、その際に出す酵素によってセルロース※3を分解したり、リグニン※4を分解したりすることができます。これならばセルロースを分解する菌とリグニンを分解する菌でもし同じ植物に生育していたとしても、「住み分け」ができるんですね。
雨宿:菌類も賢く生きていると。
※3 セルロース……多糖類の一種。植物の細胞壁の成分。
※4 リグニン……木材の主要な構成成分。
雨宿:キノコには一般に食用のものと食べられないキノコ、すなわち毒キノコがありますが、どうしてこのような違いが生まれたのでしょうか?
細矢:「食べられないキノコ」と言っても、どんなキノコも食べられるんですよ?
雨宿:えっ?
細矢:一回目だけはね(笑)。
雨宿:(笑)
細矢:でもこの視点は大事。人間には食べられないけど、昆虫には食べられるキノコがあります。アルコール可溶の成分を持っていて、お酒と一緒に食べなければ害のないキノコもあります。キノコは植物の果実とは違うので、「食べられたい」とは思っていません。ただ活動の結果として生じた物質によって人間の食用にできたり、毒だったりする。
雨宿:「食べられない」という認識自体が人間側の主観に基づいたものであると。
細矢:人間の中でも違いがありますから。スエヒロタケは日本では食べませんが、東南アジアでは食べます。
雨宿:(図鑑を見ながら)『食用には向かない』って書いてありますね。
細矢:東南アジアでは栽培されてます。あんなの食べても美味くないと思うんだけどな(笑)。他にも、栃木県の郷土料理にチチタケを使ったものがありますが、食感が悪いといって全国的には食べません。日本では高級食材のマツタケもヨーロッパでは香りが嫌われたり。逆に欧米では好まれるアミガサタケは日本では人気がありません。
雨宿:キノコの「食べられる」にも文化があるんですね。
雨宿:菌類が世界中に何種類いるかという問いですが、推定では150万種ということでした。
細矢:これは1991年にイギリスのホークスワースという研究者が出した数字で、DNA解析などが行われる前の推定です。現在ではその数倍はいるだろうと言われていますが、「少なくともそれくらいはいる」という数字として150万は支持されています。
雨宿:現在発見されている種数が10万程度ということで、全体からすればまだまだ未発見の菌類が多くいるということでしょうか?
細矢:そうですね。謎の多い世界です。
雨宿:以前別な場所でバクテリアのなかまがコロニー内でお互いに化学物質をやりとりして「会話」のような意思疎通を図っているという話を聞いたことがあります。このような行動は菌類にも見られますか?
細矢:この分野にはあまり詳しくないのですが……ありますね。面白いのが別種の菌同士が出会った時の振る舞い方です。お互いを完全に無視して重なってしまうこともあれば、お互いに取り決めを結んだかのように生長を止めて境界線を作ることもあります。このような時に化学物質のやり取りが行われていて、それがある種「会話」と捉えることができるでしょう。こうしたやりとりは同種同士が菌糸を伸ばしていく過程でも行われているはずです。
雨宿:集団として「意思」がある、という風にも見えてきますね。
細矢:解釈の仕方によってはそうですね。当たり前ですが菌類は喋ったり感情を持ったりしません。だから菌類の行動が「あたかも」意思を持っているかのように見えることはありますが、それを「意思」と呼ぶかは我々の解釈によるんです。
雨宿:お話を聞いているうちに菌類を実際に見てみたいと思った人もいることでしょう。菌類を観察するいい方法はありますか?
細矢:簡単ですよ。食パンの上に土を撒いて置いておくと、土壌のカビが観察できます。ケカビ、アオカビ、コウジカビなどが現れるでしょう。それから植物の葉の表面をよく観察してみると、カビ由来の病斑が見られることがあります。よくあるのはうどんこ病といって、白い斑点が現れます。
雨宿:生きた植物にカビが生えるんですね。
細矢:一説には菌が原因で農産物の収量が3割失われているとも言われますから、こうした菌の研究が進めば食料の増産につながるかもしれません。
雨宿:そんなに。……菌類の観察についてですが、辺りに注意を払ってみればたくさん見つけることができそうですね。
細矢:「菌類を見る目」でもって周りを見回せばいくらでも見つけられます。
雨宿:こないだ近所にキノコ生えてたんだよな……。
雨宿:ここからは細矢さんのことをもっと知りたいということで、まずは菌類の研究を始めるに至ったきっかけを教えてください。
細矢:これはねー、昔からキノコ少年だったとか、そんなことは一切ないです。大学三年生のとき、生物学科で実習があったんです。実習といっても生物学科だから、二十歳そこそこの学生たちが森で虫取りするんですよ。遊んでるみたいでしょう?(笑)その中で菌類の実習があり、様々なカビの観察をしたのがすべてのきっかけですね。
雨宿:生物学科に入ったのは菌類への興味が理由ではないんですね?
細矢:はい、以前は微生物に興味がありました。目に見えない世界に魅力があって、それが野口英世※5みたいに別の世界に応用ができるんじゃないかなと考えていました。
雨宿:先生が行っている研究について僕みたいな素人に分かる範囲で教えてください……。
細矢:ビョウタケ目のバイオロジー(生態)を研究しています。つまり、ビョウタケのなかまを全般的に研究しています。ビョウタケ目は子嚢菌の中でも特に多様な系統で、子嚢菌自体も菌類全体の2/3を占める系統ですから、非常に広い世界です。
雨宿:ビョウタケは先生のイチオシ菌類、というわけですね。
細矢:はい!
雨宿:ビョウタケはどんな魅力があるんですか?
細矢:見慣れないと見つからないんです。ビョウタケのなかまはとても小さくて、「これがキノコなんですか?」という感じ。だけれども見つけられるようになるとあちこちにいることが分かります。そこがマニアックで、発見し取り扱う「職人芸」っぽさもありますね。
雨宿:それではズバリ、キノコ料理は好きですか?
細矢:好きでも嫌いでもないかな……。
雨宿:えっ。(予想の斜め上の答えだな……)
細矢:菌類好きとキノコ好きは違うもので、菌類の花形としてのキノコにはあまり興味がないんだよね。ビョウタケはキノコらしからぬキノコという点に惹かれていて、いわゆるキノコらしいキノコは好きではないですね。ということで食品としてのキノコは好きでも嫌いでもないです。
雨宿:なるほど……(なんか分かる気がする)。キノコの他にも菌類を使った食品はたくさんありますけど、何か好きなものはありますか?
細矢:沖縄の郷土料理の「豆腐よう」はチーズのような感覚で美味しいですね。甘酒も飲みますよ。でもカビだから好きってわけじゃないんですよ(笑)。
※5 野口英世(のぐちひでよ)……1876年 - 1928年、福島県出身の細菌学者。伝染病の病原体の研究に関して多大な功績を残した。
国立科学博物館 筑波実験植物園では9/25~10/3にかけて企画展「きのこ展」を開催します。採集された生のキノコの数々や、キノコにまつわるあれこれ、アートとしてのキノコを展示!(展示の内容は変更されることがございます。)
それに合わせて同植物園の園長である細矢さんに「きのこ展」にまつわるお話をお聞きしました!
雨宿:筑波実験植物園で開催される「きのこ展」はどのような企画展ですか?
細矢:「きのこ展」は毎年秋に開催している人気の企画展です。もう10年以上開催していますが、毎年展示内容を少しずつ変えています。その中でも欠かさず行っているのは生のキノコの展示。秋はキノコの季節ですから、様々なキノコを採集、展示しています。これが毎年変わらず一番の人気展示ですね。
雨宿:では今年のテーマは何ですか?
細矢:コロナ禍の中で催しにも工夫が必要ですから、今回は「静かに眺める」ということでキノコの写真展を行います。また、来場者のみなさんに参加していただくきのこ画コンテスト、「きのコン」も開催しています。(※現在では応募期間が終了しています)みなさんのきのこ愛に溢れた作品を展示していますよ。
雨宿:「アートとしてのキノコ」ということですね。それでは、多数のキノコが展示されているということですが、鑑賞する上で注目すべきポイントはありますか?
細矢:本当のことを言うと……顕微鏡で観察してほしい!ですが企画展ではそういうわけにもいかないので、全体の形、かさの裏にあるひだの色、胞子の色などに注目していただけるとそれぞれの特徴が見えてくるはずです。
雨宿:今から楽しみになってきました!では最後に来場される方々にメッセージをお願いします!
細矢:キノコは知れば知るほど奥の深い生物です。きのこ展をきっかけとしてキノコのみならず、その向こうにある菌類全体の世界に思いをはせていただけるともっと菌類を楽しむことができると思います。
雨宿:本日はありがとうございました!
細矢:ありがとうございました。
筑波実験植物園にて「きのこ展」と同時に開催されるきのこ画コンクール、「きのコン」。
応募資格は誰でも!評価項目はただ一つ、「『きのこ愛』にあふれているか」!入選者は表彰される他、応募作品はすべて「きのこ展」開催期間中に展示されます。
雨宿「ふ~ん……『誰でも』ねえ……。」
参加、してしまいました。
果たしてどんな作品になったのか!?会場で見届けよ!
筑波実験植物園は「きのこ展」の開催期間中(9月25日~10月3日)、毎日開園!ここでしか見られない珍しい展示と、雨宿渾身のきのこ画をぜひ見に来てね!
※新型コロナウイルス感染症の感染状況やその他の理由により、イベント内容に変更が生じる場合がございます。最新の情報を筑波実験植物園公式サイトにてご確認ください。
本特集の編集にあたり、取材協力をいただいた国立科学博物館様及び細矢先生に厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました!
国立科学博物館 細矢 剛
国立科学博物館編,細矢剛責任編集『菌類のふしぎ:形とはたらきの驚異の多様性:第2版』,東海大学出版部,2014