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つばくらめの仔

うちの軒先にできたつばくらめの巣から仔がいなくなった。

すっかり羽毛が生えそろってもう巣立ちが近いというところを烏か鳶に見つかったかと不安に思ったが、よく見るとすぐ近くの瓦屋根の上にかたまってとまっていた。巣がきゅうくつで抜け出したんだ。

つばくらめは人と共に暮らす鳥だ、いつか古い図鑑で読んだんだ。なんでもコンクリート造りのマンションのベランダにだって巣を作ったという。その方が安全なんだ、鳶や蛇と違って人は優しいから巣を傷つけないのを知っているんだ。だからいつだってつばくらめは人の暮らしと共に在る。

アキは井戸の冷水で顔を洗った。波立った液面に映りこむ自分の顔を見てすこし辟易する。この頃は頬にできたできものが少し目立ってきて嫌なのだ。仔犬のようにびしょぬれの顔をぶるぶる振って、屋根の上のつばくらめの仔にやあと声をかけてやった。

家の中に戻るとかまどの前のお母が炊き上がった白米を家族の茶碗によそっていた。お父も既にワイシャツ姿で寝室からのそっと出てくる。

「おはよう、アキ。」

「おはよう。」

家族全員が茶の間に集まっていつもの朝が始まる。アキが茶碗の飯を大きな口の中に乱暴にかきこんでいると「やめなさい」とお母が言った。

「もう大人なんだから、そんなにしない。」

『もう大人なんだから』、今年の春になってからアキは耳にたこができるほどこの言葉を聞いた。アキはこう言われるのが嫌だった。そのことでお母に反感すら抱いていた。アキは齢十二である、それは世間的に「大人」たるものだが、そのことに彼は納得していなかった。去年は十一、今年は十二、その間に何の差があるのだろう、そもそも大きいのが「大人」であるならアキは一つ年下の近所の子より背が小さかった。

「アキ、今日は薪割りはいいからケンのところに行きなさい。」

厳しい口調でお父が言う。ついにきたか、アキは思った。

ケンは近くに住んでいる農家の娘である。アキと同い年で、物心ついたころからの親しき仲だ。彼には分かっている、お父とお母は自分とケンを結婚させるつもりなのだ。ケンのお父とお母との間でそう決めているんだ。だから最近は何かと二人を一緒に過ごさせようとする。

「嫌だよ、今日は出かけるんだ。」

「出かけるってどこに?」

お母が問う。アキが答えられず黙っているとお父がぼそりと言った。

「どうせ隣町だろう。」

「……ああ、そうさ。」

半分開き直って彼は頷く。

「何度言えば分かるんだ。そうやってアキがこそこそ出かけるから変な噂が立つんだぞ。だいたいあそこまで何をしに行ってるんだ?」

「どうだっていいじゃないか、そんなの。」

「とにかく、ダメだといったらダメだ。」

知ったことか、誰が止めようと行ってやる、アキはせめて心の中だけでもと強がった。

お父は勤めに出かけた。アキが外出しようとするとお母は「ケンちゃんのところによろしくね」と彼を送り出した。

先刻のつばくらめは揃って電信柱に移動していた。柱と柱との間に渡した黒い電線にすまして並んでいる。アキは昔どうして彼らが感電しないのか不思議でならなかったが、結局その理由は分からず仕舞いだった。今はその心配すら要らない、もう二度とこの黒い紐に電気が流れることはないのだから。

アキはふと自分があとどれくらい生きられるかを思った。今が十二なら、あと十八年くらいだ。いや、三十より前に亡くなるかもしれない。そろそろ人生の折り返しだ。

人の寿命が三十年。誰のせいでそうなったか分からないが、あるときそうなった。三十を超えた人はみんなぽっくり死んでしまって、それより若い人もそこいらの歳になると急激に衰えて死んでしまう。アキが幼いころ彼をかわいがってくれた近所の人はこの間亡くなった。考えたくはないが、アキのお父とお母もあと五年かそれくらい。どう考えてもおかしな話だ。現代人は三十の二倍も、三倍も生きていたのに。人間がこんな不運に見舞われてもう百年も経った。寿命が短いことはある重大な損失をもたらす。知識の喪失である。豊富な知識をもった年配の人々は何も残せぬままに亡くなってしまった。するとどうだろう、人間はものの作り方も、使い方も、すっかり忘れ去ってしまった。知識の喪失は段階的に起きる。先端技術と熟練の職人技から順番に、製作に長い年月を要するもの、多くの人出を要するもの。もちろん昔の人々はなんとかそれを食い止めようと頑張った。技を伝え、知識を伝え、あらゆるものを記録に残した。しかしそれでは足りなかったのだ。いくら膨大な知識を紙に書き留めたとしても、それを読み解き、身につけ、活かす間に寿命がきてしまうのだから。新しいことを研究する学者さまは真っ先にいなくなってしまった。

そうこうしているうちに別の問題が起きた。寿命が縮まるということは、人口そのものが減ることを意味する。高い棚の上の荷物を取ろうと躍起になっていると、足場がぐらついていることに気付かない。身の回りの便利なものを残そうと奮闘している間に、現代人の生活を根本で支えていたさまざまなものがもはや取り戻せないほどに欠落してしまっていた。人々はついに巨大な都市での暮らしを諦め、小さな街で完結するようになった。文明というものが始まって以来、はじめてそれは後退を始めた。技術が衰退すれば、社会を成り立たせる要素も減るから社会そのものも衰退を始める。人々が街と呼ぶそれはムラと呼ぶべきものになり、封鎖的で封建的なものになる。お父がアキを隣町に行かせまいとするのは、この街と隣町の仲が悪いからなんだ。

アキは行き場に困った息苦しさを足でもって電信柱にぶっつける。うちの街は川の上流の発電所を後生大事にしてきたが、去年それがついに壊れた。これまで何度も部品を継ぎはぎしてなんとかもたせてきたけれど、かのご老体に限界が来たらしい。直そうにも直し方を知っている人はもういない。直せずにいれば動かし方を知る人もいずれなくなる。このまま電気も何もかも使えなくなって、人間は火と石で暮らす原始人に戻るんだ。しまいには毛の生えた猿に戻ってしまうに違いない。幸いなのが、アキはそれを見ずにさっさと死んでしまえるということだ。

角を左に曲がって街道を東に行く。そんな風に考え事をして歩いていたらアキは道路の穴ボコに蹴っ躓いた。穴ボコ、また増えたんじゃないか。

「アキ!」

後ろから呼び止められた。他人を憚らない馬鹿に明るい声、ケンだ。

「うちはそっちじゃないっしょ?」

「なんで僕がケンのところに行くと思ったんだよ。」

「だってお父が言ってたもん。今日、うちに来るんでしょ?」

「思い違いだよ。」

「そんな。じゃあうち来てよ、それでいいでしょ?お母が一緒にとっときのお菓子食べていいよって。」

お菓子で釣られるもんか。ケン、だいたいお前のせいなんだよ。アキは心の中で呟いた。

アキはいつか子供同士の話に聞いたことがある。十二になった男女は結婚する。その時は男が女の家に改まって呼ばれる、それは、娘が一人前の女になって初潮を迎えたという印なんだ。

アキはさっきから隣をついてくるケンを見やった。ケンはこの頃雰囲気が変わってきた。体が丸っこくなってきて、去年から伸ばし始めた髪は背中に届いて艶がかってきた。お父やお母や周りの空気に合わせるように、自らも大人になることを自覚している、そんな風だった。それがアキにはどうにも許せなかった。この女は主体性がない。

「ねえアキってば!」

どうしたのと何度訊いても反応しないアキに声をかける。

「いいから帰れって。僕は今日出かけるんだ。

「出かけるって、隣町でしょう?みんな言ってるよ、アキはよく隣町まで行くんだって。ねえどうして?」

「お前に関係ない。」

アキはしっしっ、と手の甲を向けて振った。

「じゃああたしも連れてってよ。」

「やだ。」

「いーじゃん、隣町はうちよりおっきくて立派なんだって。電気もつくんでしょ?あたし、おまつりの明かりがもっかい見たいんだ。」

おまつりの明かりというのは盆の祭りで飾られる電球のことだ。いくつもの明かりが並んできれいなんだ。去年の祭りの直前に発電機が壊れたんだっけ。

「やだってば。だいたいケンは歩くの遅いしすぐ疲れるじゃんか。」

「ぜったい疲れたって言わないから!ね、連れてってよ!」

ケンはこうしてすぐ駄々をこねる。前は軽くあしらってたけど、最近は本気で腹が立つようになってきた。

「いいから帰れって!この、色気女!」

ケンが立ち止まった。まずった、泣かせたか……?アキは一瞬気が揺らいだがここは確固たる決意で振り向かず全力でその場を走り去った。

アキはケンにも、お父やお母にも、この街にもぜんぶに嫌気がさしていた。それには一つの理由があった。ある日書庫で見つけた現代人に関する書き物を読んだからだ。

そこに書いてあった内容にアキは衝撃を受けた。寿命が八十もあった現代人は十二で結婚なんてしなかった。好きな時に好きな相手と結婚するのだ。そもそも十八まで大人ではなくて、学校に通っていたというのだ。アキの歳くらいでは中学校に通っているそうだ。彼には分からないようなもっと難しい読み書きや計算を習い、様々な経験をして、いずれは自分の勤めを自分で決めるのだそうだ。アキには想像もつかなかった。彼は学校の勉強が好きだった。もっといろんなことが知りたいと思って書庫の書き物を独学で読み解くのが趣味だった。だからきっと中学校というのは彼にとって願ってもない場だったろう。羨望、アキは現代人に羨望を覚えた。

それと同時にアキは自らを取り巻く社会そのものに疑問を抱くようになった。現代人はそうではなかったのに、なぜ自分はこの歳で「大人」になり、結婚せねばならないのだろう?短い寿命がそれを許さずとも、人生にかばかりの猶予を与えてくれはしないのだろうか?そうして芽生えた彼の自我が、なんの反骨心もなく社会に適応していくケンに対する反感として現れたのは当然のことだ。アキは、ケンが嫌いだった。

アキは三時間をかけて隣町までたどり着いた。彼にはどうしても今日ここを訪れる理由があった。

街にはタキなる娘がいた。街長の娘で、アキと同じ齢十二の可憐な少女である。ある日アキが好奇心から行ってはいけないと言われた隣町に足を運んだ時、初めて彼女を見た。手足は細くしっとりとしていて、いつも固く結ばれた唇は優し気で、凛とした眉とどこか憂げな瞳をしている。アキは目を止めずにはいられなかった。どうしようもなく彼女のことが気にかかった。以来こそこそとこの街を訪れては彼女の姿をどこかに探しているのだ。

タキは街の皆に大切にされていた。隣町は失われた旧代の遺産、「演算装置」とやらを大切に神として祀っており、街長の娘はその神に仕える巫女なのだ。だからいつも誰か傍に控えていて、見知らぬ者がおいそれと声をかけることはできない。それでも聞いてしまった、今度の祝祭日にはタキが一人で山に入って泉で禊をする。誰かに邪魔をされず二人きりになれるとしたらその日しかない。それが今日なんだ。

アキと同じく彼女も結婚が決まっている。無論街長が決めた相手だ、彼女自身の意向は関係ないだろう。現代人の風習を知ったアキは何としてもそれを止めなければいけないと感じていた。古い書き物の記述はアキの街でも彼以外に知る者はない、隣町の人々なら尚更に。なればあの無垢な少女を救うことができるのは自分しかいない。アキは半ば使命のように感じていた。

アキは街の裏手の、人々が霊山と呼ぶその森の茂みの中に足を踏み入れた。獣除けの有刺鉄線を踏み越えて、目指す泉は水音を頼りに少し登ったところにあった。岩の上からさらさらと清水が流れ落ちて、むきだしの岩に囲まれたその窪地に澄んだ水たまりを作っている。なるほどこれが聖域というやつだ。裏の方にちょろりと続いている道を行けば神を祀るお堂か何かがあるのだろう、アキは湧き起こる興味を押さえて泉を見渡せる杉の樹の裏に隠れてタキを待った。

太陽が真南を過ぎた頃、果たしてタキは現れた。見慣れぬ純白の和服など着て、たった一人でここへやって来た。青白い素足を泉に浸して、そのまま泉の中ほどまで足を踏み入れる。タキの身体は腰から上まで浸かるくらいになった。そこからこなれた仕草で禊を始める。タキはもうまもなく巫女ではなくなる。これが神への最後の挨拶といったところか。目の前で繰り広げられる幻想的な光景にアキはしばし心を奪われた。

禊を終えてタキは近くの岩に腰かけ髪を乾かしていた。不意に彼女は口を開いた。

「そこにいるのはだあれ?」

アキは驚いた、自分の存在に気付かれていたなんて。タキは一度もこちらへ目を向けなかったのに。アキが木の影に隠れたままでいるとタキは透き通るような声でもう一度呼びかけた。

「ここにくるなんて、街の人ではないでしょう?誰にも言いませんから姿をお見せください。」

意を決してアキは光の方へ足を踏み出した。

「僕は、アキ。」

「アキ。私は……」

「タキ……さん。」

思ったよりうまく言葉が出てこなくて、それだけ言ってアキはまた黙った。

「そう、ご存知なのね。そうよね。アキ、こっちに来てくださる?」

こまねく手に強烈に引き寄せられるようにアキはそのまま彼女の向かいの岩に腰かけた。

「アキはどうしてここに?」

タキは禊をしていたころの調子をまったく崩さず、敢然として尋ねた。初めて目が合った。この瞳にひかれるままにここまでやって来たんだとアキは改めて思った。

「君に会いに来たんだ。二人だけで会いたくて。」

あら、とタキは小さく声をあげた。

「どうして?」

「結婚、するんでしょ、もうすぐ。前に読んだんだ、現代人はこの歳で結婚なんかしてなかったんだよ。もっと長い年月のあいだ子供で、それから好きな時に結婚するんだよ。みんなおかしいんだ、みんなに言われるまま結婚しなくたっていいって僕は思うんだよ。」

アキは思わず早口にまくしたてた。タキはしばらく黙っていて、やがてこう言った。

「アキ、あなたはいくつ?」

「今年で十二。同い歳だよ。」

「そう、じゃあアキも大人ね。」

『大人』、またしてもそれが引っかかる。

「僕たちは大人じゃないんだよ。まだいっぱい学んだり、遊んだりとか、やることがあるんだよ。大人だなんてみんながそう言うだけなんだ。君だってそうだよ。大人ってのは誰もかれも心が汚れてる。だから君を無理やり結婚させようとするんだ。君は大人たちに大人にされてるだけなんだよ。僕たちは子供だ。」

「そうね。」

アキの多少熱のこもった弁論にも動じずタキはしれっと答えたのでさすがの彼も狼狽えた。

「ねえアキ、これまでの十二年間に何をした?」

上を見上げながらタキは言った。まっすぐ天へと伸びる杉の木々は空に蓋をするようにかなたで葉を横に広げている。その隙々から穴あきの青空が顔を覗かせる。

「『何をした』?よく分からないよ。」

「あなたの十二年をかけて何かをしたの?」

アキはしばらく考え込んだ。

「やっぱり分からない。君が求めてる答えのようなことはしてないと思う。」

「そうね、何もしてないのよ。アキは人生の三分の一以上の年月をかけて、何もしていないの。」

アキは自らを否定されたようでむっとした。しかしそれに続いてタキはこうも言った。

「でもみんなそう。何もしないうちに十年が経って、二十年が経って、三十年が経って、おしまい。人の寿命ってそんなものなのよ。アキはさっき現代人が、って言ったけれど、彼らは浪費するだけの時間があった。……この街ね、もうすぐ電気が使えなくなる。工場だってお金にならないから使わなくなってずいぶん経つ。きっともう二度と動かせない。獣や鳥や虫ですら命を残して死ぬるのに、このゆるやかに滅びゆく世界でわたしたちは何もしないまま死んでもいいの?アキ、あなたはどうしてわたしの結婚がいけないの?」

「……嫌なんだ。君が無理に結婚させられてしまうのが。『何もしないまま死んでもいいのか』って、僕も嫌だ。僕は昔のことを知ってしまったから、少しでもこの世界を変えたいと思うんだ。君のことも助けたいよ。」

「アキ」、その声でアキは彼女の方に向き直った。タキは笑っていた、白い歯を見せて。初めて笑っている顔を見た。

「アキはわたしのことが好きなんでしょう。」

「え?」

「わたしのことが好きなのに、わたしが欲しいのに、それなのに別な男と結婚してしまうのが悔しいのね。一丁前に嫉妬なんてして。」

不意にタキは立ち上がって、アキの隣に座って肩を寄せた。彼女の濡れた和服がアキのシャツと触れ合って、その部分の布が色を濃くする。地下からしみ出す清流が奪った彼女の体温、その幾分かを取り戻そうとするかのように今度は彼のぬくもりが奪われていった。

タキはそのままアキに顔を近付けた。かつて遠くから望んでいたあの清楚な輝きが、今はアキの鼻の先にあった。

アキにそっと頬を寄せてタキは呟いた。

「アキは立派な大人だよ。」

慄いた。目の前にいるのは可憐な少女などではない。冥界の底より出でた異形が化けているんだ。アキがその場を動けなかったのは緊張ではない、冷えた体のせいでもない。

「ねえアキ、大人はどうするか教えてあげる。」

飲まれる。直観がそう告げる。

「離して!」

やっとのことでアキは彼女を押しのけた。

そのまま参道を駆け下りた。今、彼女がどんな顔でこちらを見ているか分からない、ただ決して振り向いてはいけなかった。山の入り口で待っていた男は見知らぬ少年を見て驚いたが、アキは脇目も振らずその横を駆け抜けていった。

おそらく山の中は時間の流れがおかしかったんだ、もう日は西に傾いていた。アキは朝通ってきた街をつなぐ旧国道が、果てしなく長く遠いもののように感じられた。このままこの道を行ったとして、故郷にたどり着く前に自分の寿命が来るんだ。だってもう僕は大人だから。

「アキ!」

背後から懐かしい声がした。明るくてカラッとした声のする方に振り返る。

「どこ行ってたの⁉ずっと探したんだよ!」

駆け寄ってきて息を切らしながら彼女は言った。

「ケン……!お前、来てたのか?」

「そうだよ、探しに来たんだよ!」

意外だ。ケンが一人でこんな遠くまで来るなんて。いや違う、アキの朝の調子を見て心配に思ったから頑張って追いかけてきたんだ。

「ね、帰ろう?」

「うん。」

「そうだ、手つなご?アキがどっか行かないようにね。」

ケンは屈託のない笑顔で右手を差し出した。

「……うん。」

アキはそっとその手を受け取った。

まっすぐと長く続く道に等間隔で電信柱が立っている。これももう廃れた文明の遺産となった。これからもっとこんなものが増えていく。

「懐かしいな。昔はアキがこうして手を引いてくれたじゃん。最近はやってくれなくなったから。」

「……なあ、お父とお母に言われたからって僕のところに来なくてもいいよ。」

「なにそれ。言われなくたって、行くし!だってあたしアキのこと好きだもん!」

「好きってお前……」

「言葉の意味分かってるのかよ」そう言いかけて、やめた。分かりきっている、だってケンは昔と何も変わってないから。純粋だ。純粋にただの子供なんだ。

「昔はアキもそう言ってたじゃん!そんなにあたしのこと嫌い?」

「嫌いじゃないよ。……朝は、その、ごめん。」

「ヘーキだよ、あたしもう大人だし、泣かないもん。」

ケンは自慢げに笑ってみせる。

敵わないな、アキは思った。自分はもう子供ではない。それでも、あきれかえるほど純真なこの子だけはなんとしてでも守りたいと思った。

「すっかり遅くなっちゃった。一緒にケンのお父とお母に謝りに行こう。」

「ねえ、明日はアキんちのつばくらめの巣、見に行ってもいい?」

「つばくらめの仔はもう巣にいないんだ。」

「えー、そうなの?」

ケンは残念そうにそう言って、つないだ右手を大きく振った。

「だってもうすぐ夏が来るから。」