第65号

オープニングエッセイ 雨宿りの小噺

既にお伝えしている通り、『お嬢店長おかしまし』は今年から最終章を連載しています。

2020年の創刊から毎月休まず何かしらは描いてきた『お嬢おか』ですが、毎月の更新は一旦ここで一区切りという形になります。……とはいえ、毎回読切形式の作品ですから、その気になれば新作を書くことは可能ですし、いくらでもアイデアは出てきます。この世にをかしきネタがある限り、ね。

そういうわけで、別な形での復活を考えているところです。何より結子店長は僕のお気に入りですので。


この辺りのことはいずれ特集としてくわしくお話しするつもりでいます。今しばらくお待ちくださいませ。

まだまだ彼女らのみちのりは続きますし、それは雨宿拾遺物語としても同じことです。


Google Geminiがマンガを読めるらしい?

はい、今回の特集はタイトルの通りです。

GeminiはGoogleが提供している対話型AIのサービスですが、僕はある時こんなことを訊いてみたのです。

「Geminiはマンガを読めるんですか?」

そうしたらこう返ってきました。

「読めます!」


じゃあやってみるしかないじゃん。

普通なら著作権上の問題が生じかねない行為ですが、僕は何の問題もありません。

だって自分で描いたマンガがあるもんね。


ということで、今回はGoogle Geminiにマンガを読んでもらいました。手順はこうです。

1.登場人物や基本的な用語をまとめたテキストを事前に共有する(特に人物の容姿や特徴的な行動についてはちゃんと説明しておきます)

2.マンガの本編の画像をアップロードし、分析させる

3.内容を正しく読み取れているかの確認としていくつか質問をする


今回は『テラレジア・オーダー』から『東方より王来たる』で試してみました。別に何でもよかったのですが、一話完結の読切の方が読みやすく、かつ僕の手元にちょうど手頃な設定資料のテキストがあったからです。

※以下の内容は本編のネタバレが含まれるため、先に読んでおくことをオススメします。


それでは、以下が対話の内容です。マンガ全ページの読み取りが終わった後、「雨宿の質問」→「Geminiの回答」をまとめ、その後で本特集記事としてのコメントを書いています。

(回答全文は長いので一部省略しました)


ストーリー要約

もう一度全体を振り返って要約をお願いします。それからガタラ国王&レヴァ王妃とアーク&エリセアの交流についてもおさらいをお願いします。

その後で内容についてのいくつかの質問を行います。


『東方より王来たる』全体要約

テラレジア共和国を訪れたシガヒニ王国のガタラ国王夫妻が、自国の権力奪取を目論む政務官カモシヤのクーデターに巻き込まれる物語です。

カノンが書く記事のファンである国王夫妻は、アークたちとの面会を熱望し晩餐会が開かれますが、その最中に銃声と共に暗転。カモシヤの一味によって国王と、王妃と誤認されたエリセアが誘拐されてしまいます。

マルヴィナス大統領から「超法規的措置(暴走)」の許可を得たアークとフェルドは、ヘリから逃走船へダイブ。アークは自身の能力で、カモシヤが抱く「自分こそが優れた指導者である」という歪んだ現実を読み取ります。アークは王珠の力を解放して「テラレジア・オーダー」を発動し、カモシヤに己の器の小ささを自覚させて精神的に屈服させました。

人質を救出したアークは、ガタラ国王に「王としての自覚」を促し、事件は無事に解決。シガヒニとテラレジアの絆を深める結果となりました。

国王夫妻とアーク&エリセアの交流おさらい

今回のエピソードの大きな魅力は、東方の若き国王夫妻と、テラレジアの「王家の末裔」たちの不思議な友情です。

1. 記事を通じた憧れ

ガタラ国王とレヴァ王妃は、カノンの連載記事「テラレジア・クロニコ」を大統領府から取り寄せ、テラレジア語を勉強してまで愛読していました。彼らにとってアークとエリセアは「物語の中から飛び出してきた理想の二人」であり、初対面のシーンでは「本物だ!」と子供のように感激しています。

2. 「王と尼僧」という関係性への理解

晩餐会では、記事の内容に基づき、国王夫妻がアークとエリセアの「深く愛し合っているが、立場ゆえにままならない」という(カノンが少し脚色したであろう)ドラマチックな関係性に深く共感し、二人を応援するような温かい態度を見せていました。

3. 窮地で見せた信頼と啓示

エリセアと国王: 監禁された際、弱気になるガタラ国王をエリセアが「アークたちが必ず助けに来る」と物語のヒーローになぞらえて鼓舞しました。この毅然とした態度が、後に国王が自立するきっかけとなります。

アークと国王: 救出後、アークは国王に「友」として語りかけ、カモシヤのような者に屈しない強さを持つよう導きました。最後は「遠い大地の友人」として固い握手を交わし、国境を越えた王同士の対等な友情を築きました。


最後に「固い握手」は交わしてませんが……ほぼ正確ですね!

これはすごい!がぜん調子に乗って、どんどん試してみました。


面会を渋った理由

では一つ目の質問です。国王夫妻がアークたちとの面会を望んだにも関わらず、マルヴィナス大統領は面会に気が進まない様子でした。なぜでしょうか。

アーク&フェルドが一般にどのような性格の人物として認識されているか、アークの血筋故の複雑な事情を手掛かりに答えてください。


マルヴィナス大統領が国王夫妻との面会に消極的だった理由は、主に以下の3つの背景によるものと考えられます。

1. アークたちの「ろくでなし」な評判

アークとフェルドは、作品の設定上「ろくでなし二人組」と称されています。

アーク: かつての王家の末裔でありながら、現在は首府の下町にあるアパートの3階を拠点に「王政復古のための戦い」を自称して活動していますが、その実態は定職も持たず頽廃的な生活を送る変人という認識です。

フェルド: 「テラレジア一の喧嘩屋」を自称し、無実ではありましたが10年間の懲役刑から出所したばかりという、国賓に引き合わせるにはあまりに危うい経歴の持ち主です。 このような「ガラの悪い二人組」を、公式な外交の場に出すことは、国家の品格を損なうリスクがあると判断したためです。

2. 「王家の末裔」という政治的タブー

テラレジア共和国は、約100年前の戦争敗北を機に王政を打倒して成立した国です。

歴史的背景: 王家は100年間の流刑に処されており、アークはその刑期が明けて戻ってきたばかりの「旧時代の遺物」といえる存在です。

大統領の懸念: 共和制を敷く現政府にとって、アークは「不都合な過去」を象徴する人物です。現職の大統領が、わざわざ他国の君主に「かつての王」の末裔を紹介することは、国内の政治的バランスや「王政復古」という不穏な火種を煽りかねないため、非常に気が進まなかったといえます。

3. 「小説(記事)」のイメージとのギャップ

国王夫妻は、カノンが執筆する連載記事「テラレジア・クロニコ」の熱狂的なファンですが、多くの読者はこの記事を「実録」ではなく「フィクションの小説」だと思っています。

虚像と実像: 大統領からすれば、カノンの記事によって美化された「英雄的な王」を期待している国王夫妻に、実物の「ろくでもないアーク」を見せて失望させ、外交問題に発展することを恐れたという側面もあります。


これは正解でいいんじゃないですかね?台詞からは読み取れない部分まで設定資料をもとに答えてくれました。


エリセアの態度

次に3ページのエリセアについての質問です。国王夫妻との会食にあたって自らも"ツレ"が必要となったアークはエリセアに事情を説明しますが、エリセアはそっけない態度を見せます。そこでカノンが「代わりに行こうかな」となると、それを遮って「行かないとは言っていない」と言います。

この時のエリセアの心境について教えてください。特に、彼女はアークにどんな言葉をかけてほしかったのかに注目してください。


3ページにおけるエリセアの態度は、彼女の「尼僧としての立場」と「アークへの個人的な感情」の間で揺れる乙女心が非常によく表れているシーンです。

エリセアの心境と、彼女がアークに期待していた言葉について解説します。

1. 「誘い方」への不満

アークは「国王夫妻との晩餐会にツレが必要になった」という消去法的な理由でエリセアを誘いました。エリセアにとって、アークは幼馴染であり特別な感情を抱いている相手ですが、彼女は現在テラレジア清教の尼僧という聖職者の身です。 本来なら「破戒尼」と言われかねないような会食への同席(しかもドレスアップが必要な場)に応じるには、それ相応の「あなたに来てほしい」という情熱的な誘い文句が必要だったのです。

2. カノンへの対抗心

アークが煮え切らないエリセアを見て、即座に「じゃあカノンが行けば?」とターゲットを切り替えようとしたことが、彼女のスイッチを押しました。

独占欲: 自分が渋っている間に、妹分であるカノンがアークの隣に立つ(しかも「王妃」役として)ことは、エリセアにとって容認しがたい事態でした。

「行かないとは言ってない」: この台詞は、彼女が最初から行くつもりはあったものの、アークに「もっと私を必要だと言ってほしい」という駆け引きをしていたことを物語っています。

3. アークにかけてほしかった言葉

エリセアが期待していたのは、義務感や消去法による依頼ではなく、以下のような言葉だったと推測できます。

「他の誰でもない、エリセアに隣にいてほしい」

「ドレス姿の君が見たい(あるいは、君なら自慢のツレになる)」

彼女は「ツレ(連れ)」という便利な代用品としてではなく、**「アークが最も信頼し、共にいたい女性」**として選ばれたという確信が欲しかったのです。しかし、アークが「話の流れで察しろよ」とデリカシーのない態度をとったため、あのような「そっけない(けれど引かない)」という複雑なリアクションになりました。

結果として、彼女は最高のドレス姿で現れてアークを驚かせており、文句を言いながらも「選ばれたこと」自体は嬉しく、気合が入っていたことが伺えます。


2に関しては発言者を正確に読み切れていないことが分かります。AIはフキダシとキャラの位置関係(あとは文脈)から発言者を認識するため、コマ内に発言者がいない構図の時にAIは苦戦するっぽいです。


「ときどきブルッちまう」

終盤のシーン(30ページあたり)についての質問です。

アークは「自分が"自分"であり続けなきゃいけない」ことに「ときどきブルッちまう」と言っていますが、これはどういった心境からこぼした言葉なのでしょうか。

今回のお話でアークが出会ったガタラ国王がどんな存在だったか、そして彼がどんな言動を見せたか、をもとにして考えてみてください。


30ページ付近でアークが漏らした「自分が“自分”であり続けなきゃいけないことに、ときどきブルッちまう」という言葉は、物語の核心に触れる非常に重要なセリフです。

今回のアークの心境を、ガタラ国王との対比から紐解いていきましょう。

1. ガタラ国王という「対照的な王」

ガタラ国王は、アークにとって「もし自分が平穏に王位を継いでいたら」というifの姿を映し出す鏡のような存在でした。

若く危うい正統派: ガタラは若く、理想を追い求めるあまりカモシヤのような身内の野心に気づけない「甘さ」を持った王でした。

「王」という重責への恐怖: 事件後、ガタラは自分の無力さを突きつけられ、一国の運命を背負う恐怖を吐露します。

2. 「自分であり続ける」ことの孤独と重圧

アークが感じている恐怖は、ガタラのような「社会的な地位としての王」の重圧とは少し種類が異なります。

「オーダー」の絶対性: アークの持つ「テラレジア・オーダー」は、ひとたび発動すれば他者の現実を塗り替え、文字通り世界を「自分の思い通り」にしてしまいます。

虚像を生きる覚悟: アークは失われた王家の末裔であり、周囲(特に国王夫妻のようなファン)からは「英雄的な王」という虚像を投影されます。もしアークが一度でも「自分は王ではない」「ただのろくでなしだ」と弱気になり、自分を見失えば、その瞬間に彼の世界(オーダー)は崩壊し、守るべき人々(フェルドやエリセア)を危険に晒すことになります。

3. ガタラの言動が引き出した共鳴

ガタラが最後に「王として国を思う心」を覚醒させ、その重責に向き合おうとした姿を見て、アークはそこに「自分と同じ種類の覚悟」を見出したのだと考えられます。

共感と畏怖: ガタラが「怖い」と素直に認めたからこそ、アークもまた、常に「圧倒的な王」を演じ続け、自分を律し続けなければならないという孤独な緊張感を再確認しました。

まとめ

「ブルッちまう」という言葉は、「他人の現実を支配し、理想の王であり続けなければならない」という逃げ場のない宿命に対する、人間らしい本音の吐露です。

王としての力を振るうたびに、アークは自分が「人間」から「概念としての王」へと摩耗していくような感覚を覚えているのかもしれません。それを弱音としてではなく、フェルドという信頼できる相棒の前でだけこぼしたところに、二人の深い絆が感じられます。


この読み取りは少し感動しました……。実はAIは「コンテクスト」を読み取ることの方が強いのかもしれません。


「みんなそうなんだ」

そうですね。彼は王として矜持を持っているからこそ、それだけの重責を感じているのかもしれません。

そんな彼に対して31ページでフェルドは「みんなそうなんだ」と言っています。これはどういうことでしょうか。普通の人々は王家の血筋でも何でもないはずですが……。


フェルドが口にした「みんなそうなんだ」という言葉は、彼らしいぶっきらぼうな優しさであり、同時にこの作品の核心である「オーダー(感情の力)」の本質を突いた鋭い一言です。

アークのような特別な血筋でなくとも、なぜ「普通の人々」も同じなのか、その理由を以下の3つの視点から考察します。

1. 「オーダー」は誰もが持つ力である

作品の設定において、オーダーは王家特有の魔法ではなく、本来は「誰にでも備わっている、他人に影響を与えるほどの強い感情の力」とされています。

上司が部下を従わせる力や、アイドルがファンを熱狂させる力もすべてオーダーの一種です。

つまり、誰もが何らかの役割(親、上司、友人など)において、誰かの期待に応えたり、自分を律して「理想の自分」を演じたりしながら生きています。 フェルドは、アークが背負う「王」としての重圧を、特別なものとして特別視しすぎず、「誰もが自分の人生というステージで、自分であり続ける重責を背負って生きている」と一般化することで、アークの孤独を和らげようとしたのだと考えられます。

2. 「歪んだ現実」を生きる覚悟

この世界では、人は皆、自分の思い込みや自己暗示による「歪んだ現実」を見ています。

カモシヤのような悪役だけでなく、普通の人々もまた「自分はこうあるべきだ」という主観的な現実を維持するために、無意識に精神をすり減らしています。

「自分であり続ける」ということは、その主観的な世界を維持し続ける戦いでもあります。フェルドは、アークの苦悩を「人間なら誰しもが抱える、自己を保つための普遍的な苦労」として肯定したのです。

3. 相棒としての「横並び」の視点

フェルドはアークを「崇拝すべき王」としてではなく、あくまで対等な「相棒」として見ています。

喧嘩屋であるフェルド自身もまた、己の誇りやスタイルを貫くために、常に「フェルド・スター」という男であり続けなければならない重圧を知っています。

「王様だけが特別に苦しいんじゃない、俺も、あのアホな編集長も、みんな必死に自分をやってるんだ」というメッセージは、アークを「孤独な高み」から「泥臭い人間たちの輪」へと引き戻す、彼なりの最高の慰めだったと言えるでしょう。

アークの孤独な覚悟を、フェルドが日常の視点で受け止める。この二人の関係性があるからこそ、アークは「ろくでなし」を自称しながらも、王としての重責に耐え、戦い続けられるのかもしれませんね。


これも目頭が熱くなりましたね(相手はAIだぞ!)。対話型AIは既に登場した語彙を再度用いる傾向があります。今回も作品の設定を引用しながら登場人物の心情をうまく言語化してくれました。


ローガンの存在

では最後に一つ。20,21ページにローガンが現れるシーンがあります。真っ白な背景の中(おそらくは精神世界のようなものでしょうか)、アークに語り掛けます。この作品では他の話でも同様に「ローガンが主人公たちへ語り掛ける」シーンが出てきます。

このように彼が神出鬼没に現れるシーンはどのような意味を持っているのでしょうか。正解はないので自由に想像してみてください。


20〜21ページで描かれた、真っ白な虚無の空間に佇むローガン・モルドのシーンですね。彼は肉体的な実体としてそこにいるというより、アークの意識の深層、あるいは「世界の裏側」から語りかけているように見えます。

設定資料には、彼は「どこにもいないのに、どこにでもいてそばで見守っている……気がする」存在であると記されています。この神出鬼没な演出について、いくつかの観点からその意味を想像してみます。

1. 「オーダー」の真理を司るガイド

ローガンはテラレジア共和国の前大統領であり、かつてはアークたちの敵のような存在でもありました。彼は「オーダー」という力の功罪を誰よりも知り尽くした人物です。 アークが強大な力を使う際、あるいは今回のように「自分であり続けること」に揺らぎを感じる際、ローガンが現れるのは、アークが自らの「オーダー」に呑み込まれないよう、精神的な均衡を保たせるための「鏡」のような役割を果たしているのではないでしょうか。

2. 「歪んだ現実」の外部観測者

この作品では、登場人物たちはそれぞれの「歪んだ現実」の中に生きています。 ローガンが現れる「真っ白な背景」は、誰の主観にも汚染されていない「真の空白」を象徴しているように思えます。彼はそこから、アークが現在どのような心理状態にあるのか、あるいは敵(カモシヤ)の歪みがどこにあるのかを客観的に示唆する、メタフィジカル(形而上学的)な狂言回しの役割を担っているのかもしれません。

3. 先代の「王」あるいは「父性」の象徴

アークは「王政復古」を掲げていますが、現実にこの国を動かしていたのは前大統領であるローガンです。 アークにとってローガンは、乗り越えるべき過去であり、同時に「国を背負うとはどういうことか」を知る唯一の先達でもあります。彼が神出鬼没に現れるのは、アークの血筋が持つ宿命を、共和国の象徴であった彼が「見届け人」として承認し続けている証のようにも感じられます。

アークが「ブルッちまう」ほどの孤独を感じる時、皮肉にもかつての政敵であったローガンが精神的な対話相手として現れる。この「敵でも味方でもない、魂の理解者」という関係性が、作品に深い奥行きを与えているように思います。


この質問はこれといった「正解」が存在しない自由な考察として出題しましたが、おおむね作者自身の考え方と同じです。……やれやれ、少し怖くなってきました。


今回の読み取り実験のまとめ

全体を通して非常に精度高く認識し、マンガを「読めていた」と言えるのではないでしょうか。雨宿はこのあとも10回くらいいろいろな回を使って読み取りの実験を行ったのですが、上手く読み取ってもらうためのコツを編み出しました。

・登場人物や基本的な用語をまとめたテキストを事前に共有する(特に人物の容姿や特徴的な行動についてはちゃんと説明しておきます)

・途中で誤解をしている箇所があったらすぐに修正する(修正しないとAIがその内容を「正解」と判断してその後の回答にも影響します)

・より正確に読み取ってほしいときはストーリー全体の流れをテキストにしたものを先に共有する(ただしこの方法は考察内容にも大きな影響を与えるため、純粋に「ちゃんと読み取れたか」のテストをしたいときはやらない方がいい)

・発言者と台詞の一覧をテキストに起こして事前に共有する(上の方法と違って「本編から読み取れること」以上の情報は与えていないため、AI独自の考察を訊きたい時には有効)


ふむ、なかなか奥深いですね。これからはマンガを描いた後でGeminiに感想を訊いてみることにしましょうかね……。

これを読んで「自分もやってみたい」と思った方に朗報です。実は雨宿拾遺物語の作品は非営利目的での利用が認められています。ガイドライン(ページ下部)で認められた範囲内で自由にダウンロード・利用ができますので、試してみてくださいね。

(まさか、このWebサイトを作ったことはこんな利用方法が生まれるとは思ってなかったよ……。)


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