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カリス&ロディヤのテラレジア・クロニコ大解剖

カリス&ロディヤのテラレジア・クロニコ大解剖

この記事は『テラレジア・クロニコ』完結を記念して掲載された、本編の解説記事です。壮大なネタバレを含んでストーリーやキャラクターから作品の形式についてまで、様々な「タネ明かし」をしています。そのため、本編を未読の方は一度本編をご覧になってからお読みになることを推奨します。

こんな人にオススメ

・全部読んだけどぜんぜん分からなかった……

・これから読み直したいのでポイントを教えて!

・未読だけど中途半端にネタバレを食らったので、開き直って全部分かった上で読み始めたい!

・「作品紹介お姉さん」ことロディヤの大ファン!

登場人物

カリス・ライカ

フリーのカメラマンで記者。一児のパパ。

ロディヤ・ハイルモンド

テラレジア共和国大統領の私設秘書。しかしてその正体は……?

目次

某所のバルにて

テラレジア共和国 首府 某所のバルにて……

……ふう、ここで大事なお話をするって聞いてやって来たんだけど、とてもそんな雰囲気の場所じゃないわね。

おーい、こっちだこっち!

あら、あの調子のよさそうなおじさん……もしかしてあなたがカリス・ライカさん?初めまして、あたくし大統領秘書のロディヤ・ハイルモンドと申しますわ。

ああ、話は聞いてるぜ、俺がカリスだ。まあ座りな。

失礼します……よっこいしょういち。

しかしなあ、ローガンのヤツもこんなべっぴんの秘書を持つようになるとは、いいご身分だよな!

あらお上手……ウフ。先生のご友人にお会いできるなんて光栄ですわ。それで、あたくしたちはどうしてこちらに呼ばれたのかしら。聞くところによれば「『テラレジア・クロニコ』を大解剖しろ」だとか……?

そうなんだよ。2023年10月から始まった本編もついに完結、ってなワケで思い切りネタバレありの解説をしちゃおうってことなんだな。

作品の内容を登場人物自身が解説しようなんて、マジシャンが自分の手品のタネ明かしをするようなオマヌケさがあるわね。「作品紹介お姉さん」のあたくしはいいとして、ライカおじさまも一緒なのはどうしてかしら……?

オトナの都合、だな。今回はなにぶん内容が盛りだくさんだから「作品の核心に迫りやすく、かつ、本編で関わりが薄い人を選んだらこうなった」ってことだ。

確かに直接の関わりはないとはいえ、考えてみれば因縁が深すぎる気もしますけれどね……。

まあまこの際、番外編なんだから水に流して。キャラ崩壊なんてどんとこいだぜ!

あら……。でもそういうのすっごく好きですわ……ウフ。


はじめに

改めて説明すると、この記事は『テラレジア・クロニコ』のネタバレ解説記事だ。本作はストーリーや作品の構成を含めて難解な部分があって、原作者をして「雨宿拾遺物語史上もっとも難解、ここまでややこしいお話はもう書かない」と言い切るくらいだからな。

解釈の余地を持たせる、という意味であえて描写を省いているところもあるそうですわ。本記事ではそういうところも含めて取り上げていくわね。

この記事では以下の章立てにそって話を進めていく。全部読むとけっこうな長さがあるから、酒でも片手にのんびりいこうや。

お酒を飲みながら話してるのはあたくしたちの方ですけどね。

うまいなあ!これ!


作品のポイント

まず、おじさま、本作のカギとなるポイントをざっくり言い表すとしたら、どうなるかしら?

うむ、本作の根幹にして最も大きなタネ明かしと言えば、本編はほぼぜんぶ「夢」の中のお話ってことだな。

これまた大胆にネタをバラしましたわね。

勿体つけても仕方ないからな!本編のはじまりは王政の廃止からちょうど百年、島流しに遭った王家の末裔アークが本土に帰って来たところからスタートする。ちょうど同じ日にフェルドは10年の刑期満了で出所していたな。そこからはじまったお話は、ストーリーが進行するにつれて、約一年の時間が経過していった……ように見えたが、実はこれは本当の世界ではなかったのだ!

本編の内容はすべて「無限に繰り返す虚構の世界」の中での出来事だったんですの。アーク様たちはずっと夢を見させられていて、それを見せていたのはもちろん大統領、あのもこもこヘアのおじさんなの。

「もこもこヘアのおじさん」ねえ……。この「虚構の現実」をローガン自身は「やさしい夢」と呼んでいたな。さておき、その夢も一続きのものじゃなかったんだ。各章ごと、各話ごと、もっと言えば一つの話の途中でも、コロコロとまったく違う世界線に切り替わっていたんだな。

考えてみると、あちらこちらで作中の事件や人物の言動に食い違いがありましたわね。「前の話と言ってることが違うじゃん?」みたいな……。あれはそれぞれが別な世界でのお話で、その中での事実関係に違いがあったからなのねえ。

アーク様、フェルド様、カノン、エリセアの四人は虚構の現実を見せ続けられていたワケだけれど、繰り返す度に記憶がリセットされていたから、世界がニセモノであることに気付けなかったのね。ゲーム機についてる小さなボタンを、つまようじでポチッとな、ってカンジ?

ところがどっこい、実はアークはこの世界のヒミツが全部分かってたらしいんだよ!知ってて黙ってたのは、夢を見せている大統領に気付かれないようにするためで、そこには深―いワケがあったんだが、それは追い追い話すことにしようか。記憶のリセットが効かないアークが繰り返し続けた時間の長さは、現実に換算して……およそ1000年

1000年!そんなの化石になっちゃうわよ!

「ある目的」のために一人の王様が繰り返し続けた1000年に及ぶ時、それが『テラレジア・クロニコ(テラレジアの年代記)』というワケだ。

アーク様……。


時系列順にストーリーをたどる

ではなぜローガン――大統領は四人を虚構の現実に引きずり込むことになったのか?本作のストーリーを時系列順にたどることで明らかにしていくぞ。まずは……テラレジア王国の歴史から!

そんなにスケールの大きい話ですの?全部話す前に眠たくなっちゃうわよ。

ここで歴史の授業を始めるつもりはないぜ。テラレジア王と秘密結社「オーダー」について話しておこうと思って。

ああ、それならあたくしがした方がいいかしら。……コホン。あるところにテラレジア王が治めるテラレジア王国という国がありまして、その影には常に、国の掌握を狙う秘密結社「オーダー」というものがありました。オーダーは一度も歴史の表舞台に立ったことはないんですけれど、テラレジア王とオーダーは何世代にも渡って密かに戦いを繰り広げてきました。それが教科書では語られないこの国の歴史なのです。そしてそれは、現代でも変わらないんですの。かく言うあたくしロディヤ・ハイルモンドも表向きは大統領秘書、その正体はオーダーの一員で殺し屋なんですのよ……ウフ。

オーダーはテラレジア王家に対してとんでもない因縁があるらしいな。そして今から100年前、オーダーの策略によって王家は打倒され、この国は共和国になった。その時政府の中枢に密かに入り込んだのがオーダーで、今なおこっそりと国の実権を握っているんだ。オーダーの幹部であるローガンが大統領の地位についていることからも、それは明らかだ。

この国の深ーい因縁は分かりましたけれど、そこからこの物語はどのように始まるのかしら?

そうさな、すべては俺とローガンの出会いから始まったと言える。


十数年前

ローガン・モルドという男は生まれながらにオーダーの一員だった。生まれた時からそうなんだから、アイツは特に疑問を抱かなかった。結社に忠誠を誓い、政治家としての道を歩んでいたんだ。そんな彼はある日訪れた王城で出会ってしまったんだ――カリス・ライカに。……そう、俺だ!

先生とおじさまはそれからすっかり意気投合したのね。男の友情ってヤツ?キュンキュンしちゃうわ。

そうかあ?アハハ。それから俺たちはつるむようになって、その時からフリーのカメラマン・記者をやっていた俺はアイツを連れて国中を駆け回ってたんだ。あの時は楽しかったよなあ、ホント。

おじさまと親交が深くなるにつれ、先生の中にはオーダーという組織に対する違和感が芽生えていったそうですわ。「どうして自分はこんなことやってるんだろう」みたいな?

ロディヤはそう思ったことある?

別に、ありませんわ。あたくしも小さい頃からオーダーの一員ですもの。それが普通でしょう?……おじさまと出会った先生は、ウロコが落ちたっていうか、何かが変わったみたいですわね。


十年前

それから時が経って十年前、うちのおチビちゃん――カノンが10歳の頃だな。アークとフェルドが16、エリセアが12かな。

あたくしもそれくらいの学生だった頃ですわね。彼らはどんな風に暮らしてたのかしら?

アークは王家の流刑の地でうら寂しく暮らしてて、フェルドは親友二人と仲良くやってたらしい。親友の一人はエリセアの姉貴だから、エリセアとフェルドはそれなりに親しかったんじゃないかしらん。カノンちゃんはというと……パパは取材で出ずっぱり。一年のうち半分も帰ってなかったからなあ。ゴメンよお。

おじさまと先生はどうだったのかしら。

それが、昔ほど会えなかったんだ。アイツは国会議員のセンセイになって忙しかったからさ。久しぶりに電話をした日のあと、俺の近況が気になったローガンはツテを頼って俺のことを調査させたらしい。――それこそが、アイツが今なお悔やむ痛恨のミスだった。

そろそろあたくしからお話ししましょうか。先生が頼った「ツテ」というのは、オーダーの関係者だったんですって。そしてその諜報員がおじさまについて調査し、下した結論は……「カリス・ライカは王政復古のための活動を行っている」ということでした。ねえおじさま、これってどういうことですの?

その頃俺は個人的な興味で「現代に通じるテラレジア王家の系譜」について取材していた。王家の流刑地である島に行って、そこでアークに出会った。ド田舎でダチもいなくて一人だったアイツと話してから、俺は度々アイツのもとを訪れるようになった。それと、アークからもらった史料をもとにメノブロード家という家系にもたどり着いた。これは王家の分家で、現代じゃもう一般ピープルだが、俺はその人にも会った。それが……エリセアの家だよ。

こうした活動をオーダーの諜報員は「王政復古のための活動」と判断したんですのね。テラレジア王家の宿敵であるオーダーからすれば、大変なことよ。すぐにおじさまを含む関係者の暗殺指令《オーダー》が発令されたの。アーク様の本家も、王政廃止から90年近く経って国民がその存在を忘れた今、ついでに消しちゃおうと考えたのね。取り返しのつかないことをしたと気付いた先生は、暗殺部隊に先回りして救出に向かおうとしました。


暗殺指令《オーダー》

先生がメノブロード家の住む街にたどり着いた時、既に手遅れでした。両親は暗殺、すんでのところで親友の手を借りて逃げ出した姉は、親友共々フェルド様の目の前で殺されてしまいます。怒りに我を失ったフェルド様はその場でオーダーの暗殺部隊員を殴り倒したんですって。

駆け付けたローガンが目にしたのはまさにその光景だ。

暗殺を目撃し、隊員に攻撃したフェルド様もこのままでは抹殺されてしまいます。先生にそれを止める術はありませんでした。ただ、「自分が大統領ほどの地位に登り詰めれば、暗殺指令を止めることができる」かもしれない、でもそれには時間が必要です。自分が権力を手にするまで彼の身の安全を保証するにはどうすればいいか?――その時先生は思いついたのです。フェルド様を親友二人の殺人犯に仕立て上げ、刑務所に入れればいい、と。

ローガンはアーク並みの強い力を持っていたので、フェルドの認識を書き換えるのは容易かった。その場を収めたアイツは次に、暗殺時家にいなかったエリセアを発見した。この子もオーダーの手から匿う必要がある。そこで家族に関する記憶の一切を消して、孤児「エリセア」として尼寺に預けたんだ。

テラレジア清教の尼は俗世を離れた証として名字を名乗らなくなりますから、メノブロードの姓を都合よく消すことができたんですわね。さて、オーダーの暗殺部隊の次なる目標はカリス・ライカと流刑地の本家ですが……。

この事件があって、もちろん俺は背後の巨大な闇の存在を感じ取ったさ。ローガンに「最後の」電話を掛けた俺は、アークのところに向かった。ローガンもこれを追ったが……間に合わなかった。

アーク様のご両親は暗殺され、ライカおじさまも凶弾に倒れた。先生は、おじさまの最期を看取ったんですわね。

あーあ、俺死んじゃった!

そんなに軽々しく言わないでよ……。

ただ、すべてが無駄だったわけじゃない。アークだけは逃がすことができたんだ。俺の遺言に従ってアイツを見つけたローガンは、フェルドたちと同じようにアークも匿う必要があった。そのために利用したのは、残り10年の「流刑」だ。

アーク様が「王家の流刑はあと10年分」だと知っていることに気付いた先生は、この認識を書き換えたの。「自分は10年間絶対にここを出られない」という強力な暗示にね。それと同時に先生は「何事もなかった」という虚構を見せ、アーク様を10年間閉じ込めることにしたの。

だが最初に言ったように、ローガンの力はアークには効かなかった。

ええ!そうなの!?じゃあアーク様は10年間暗示にかかったフリをしてひとりぼっちだったってこと!?どうして?

ローガンの事情を知ってたからだよ。自分一人じゃどうにもならないからな。……とにかく、これが暗殺指令の顛末だ。アークはひとりぼっち、フェルドは刑務所、エリセアは尼修行、カノンはパパの失踪。それぞれが大切なものを失った。

再びお話が動き出すのは十年後、ね。


現在(1982年9月)

暗殺指令から10年の時を経て、物語は動き始める。王家の100年の流刑を終えたアークが暗示から解放され(たフリ)、本土に帰って来た!同じ日にフェルドは10年の刑期を終え、街をぶらついていた。そして二人は出会う……王城のある丘の上で。

奇しくも、先生とおじさまが初めて会ったのと同じ場所。そして二人の出会いこそが、長い物語の始まりなのよ!

それからすぐに、何の因果か運命か、オーダーに因縁を持つ人々は出会うことになる。1-1でもやっていた、テラレジア清教の聖遺物の御開帳式典だ。颯爽と現れたアーク&フェルド、二人の跡をつけていたカノン、式典に参列していた大尼僧のエリセアと大統領のローガン、全員が同じ場所に集ったんだ。

……あら?ちょっと待っておじさま?確か、1-1での式典に先生はいなかったわよ?

それはな、本編1-1の世界はローガンの作った虚構の現実の中だからだよ。虚構の現実の中にはローガンは存在しないんだ。ローガンは常にアークたちが取り込まれた世界を外側から眺めているわけだから、「基本的には」彼らの前に姿を見せることはないんだ。

ふーん、なるほどねえ。だからあたくしも虚構の現実の中にはいなかったのね。つまり、本当の世界での式典の時は、先生は確かに大統領として参列していたわけね。

そうだ。ちなみにEX1-1は本当の世界のエピソードで、チラッとだが、式典にローガンも参列していたことが言及されているぞ。

その後の展開はみんなの知る通りだ。アークは王の帰還を高らかに宣言した。二人はカノンと出会い、カノンは新聞記事「テラレジア・クロニコ」を連載することになった。

確かに大筋で同じだわ。先生が見せる虚構の現実も、基本的には実際に起こった出来事に沿っているのね。

そういうこと。さて、王家の末裔であるアークがしゃしゃり出てきて王政復古を唱え始めた、するとオーダーはどうする?

当然、殺そうとするでしょう。今度こそ確実に。けれど、大統領の地位に登り詰めた先生はオーダーの大幹部として、暗殺指令に待ったをかけたんですわ。「有名人である彼らを殺したら目立つから」とかいう風に主張して。

見逃されたアーク&フェルドはテラレジアに蔓延る悪を次々に成敗していった。それは本編の活躍にもある通りだ。その度にオーダーは一刻も早くヤツらを殺そうとするんだが、ローガンはこれを阻止し続けた。

先生はアーク様たちに「王政復古を諦めて」と何度も忠告したんですの。彼らが王政復古を主張して目立ち続ける限り、オーダーの暗殺対象から彼らが消えることはないから。そして当然、彼らがその言葉を聞くこともなかったわ。


一年後(1983年9月)

そんな風に一年近くが経って、あの事件が起こるの。テラレジア陸軍バルザン・メフィストによる軍事クーデター。本編第5章の内容ね。メフィスト将軍は先生――大統領が売国奴だと主張した。確かに大統領は国家機密をオーダーに流していたんですの。オーダーはテラレジア共和国と隣国フェデライト共和国にまたがる組織だから、そういう意味では「国家機密を隣国に流出させていた」とも言えるわね。

メフィストと接触し、この言葉を聞いたアーク&フェルドはローガンについて調べ、ついにはアイツの悪行を暴いたんだ。こうなったらもう、オーダーは黙っちゃいない。

アーク、フェルド、カノン、エリセアの四人と、政治家生命を潰され構成員としては用済みになった先生に対してオーダーの暗殺指令《オーダー》が再び発令された。もう誰も止められる人はいないわ。手始めに、大統領の身辺警護をしていたオーダーの暗殺者ロディヤ・ハイルモンドに指令が下ったわ。……そう、あたくし!

ロディヤ、かわいい顔してやることはハードですなあ。

手始めにフェルド様を呼び出してラブホテルで始末しようとしたんだけどねえ……結果から言うと、失敗しちゃった。ミゴトに返り討ちよ、もう。

お前さん、めちゃ強い暗殺者なんだろ?フェルドも油断してたんだから勝てたんじゃないの?

うーん……。ドジっちゃった……ウフ。らしくないわね。

ふむ……。一度目の暗殺が失敗したオーダーはしびれを切らしたんだな。

そう。ついに総攻撃が始まった。重武装の実行部隊が迫る。アーク様とフェルド様はカノンとエリセアを匿い、自分たちは王城に立てこもったんですの。けれども、銃を持った多勢に勝つことなんてできないわ。今さら彼らが助かる道なんてないのよ。絶対にね。そこで、先生は考えたの。「このまま殺されるくらいなら、虚構の現実の中で『やさしい夢』を見て、その中で一生を過ごせたらいいんじゃないか」と。

暗殺部隊が迫る最後の夜に、ローガンはアークたちを壮大な夢の世界の中に引きずり込んだ。そうして『テラレジア・クロニコ』の本編がスタートするんだ。


「現実」の仕組み

時系列順に話を追って、ローガンが虚構の現実を見せた理由が分かったところで、ここからはその仕組みを紐解いていくぞ。それと同時に『テラレジア・クロニコ』という作品の構成についても触れていく。

巷にある「同じ時の中を何度も繰り返す」お話のことを「ループモノ」って呼ぶんですって。本作も「ループモノ」の一つと言えるわよね。そしてそういう作品につきものなのが、「時空の仕組みがよく分かんない」ってことなんですって。

まあなあ、俺もトシだから、物を覚えるのがしんどくて。同じ間違いを何度もしちまうんだな。

もーヤダ、あたしも気を付けないと。


まず大前提として、アーク、フェルド、カノン、エリセアはそれぞれ別な現実の中に取り込まれているんだ。言い方を変えれば、ローガンは同時に四つの世界を作り出して四人をそれぞれの中に取り込んでいる。そして、その世界では夢を見ている本人以外は虚構の存在だ。

じゃあ例えば、アーク様が取り込まれた現実の中では、アーク様以外のすべての人間は先生が作り出したニセモノってことね……。

もちろん、そのニセモノたちは夢を見させられている本人の記憶・認識から作り出されているから、かなり「忠実に」再現されているがな。そしてこの事実こそが、アークがこの現実を抜け出そうとしている最大の理由でもある。「ニセモノの世界で、ニセモノの相棒や妹分やカノジョと仲良く暮らせ」って言われて、素直に「はい分かりました」ってなるか?

うーん……ならない、かしら。アーク様の性格からすればね。

アイツはどうしようもない頑固アタマだからな。……話を戻すと、四人はそれぞれ別な現実の中にいるってこった。


はいじゃあ次。虚構の現実の中で、四人は1982年9月の「アーク&フェルドが出会った日」から、おおむね一年間(大統領の正体がバレる頃まで)を何度も繰り返しているんですの。先生としては、そのままおじいちゃんおばあちゃんになるまで幸せに過ごしてほしいんだけれど、上手くいかないからやむを得ずやり直すんですの。その理由は主に4つ。

① 夢を見ている本人が死にそうになる

② 夢を見ている本人が「オーダー」の存在を思い出す

③ 夢を見ている本人がこの世界の不自然さに気付く

④ ローガンが「これはダメだな」と思った時

まず①は先生の願い「夢の中で一生幸せに暮らす」が叶わないから。②は、こうなると本当の世界と状況が同じで、幸せに暮らすことはできないから。③は、タネがバレるとそれ以上夢を見せ続けられなくなるから。

残りの④はローガンの気まぐれだな。下手に介入して話が取っ散らかっちまった時とかかな。


先にも言った通り、虚構の現実の中での出来事は「基本的には」実際に起こった出来事に沿って進んでいくんですの。常に違ってることがあるとすれば、先生がいないことかしら。ただ、この「基本的には」が重要なんですの。

本当の世界とまるっきり同じだと、いつかはオーダーの存在にたどり着いて「あの夜」に続いてしまう。ローガンとしてはそこまでいく前にうまいこと軌道修正して、「王政復古を諦めて仲良く幸せに暮らす」という方向性にシフトしてほしいんだ。だから繰り返す度に少しずつシチュエーションを変えていろいろ試してるんだよ。

ああそうか!各章や各話の間で事実に食い違いがあったのは、先生がやり直した時に設定をいじくったからなのね!

その通り!

でもおじさま?先生はなぜ「王政復古を諦める」ことまで要求しているのかしら。そこはアーク様たちの譲れない一線だってことは分かってるでしょうに。

うん、確かに。だが考えてみてくれ、アイツらが王政復古を掲げてハデな活躍を繰り返してたら、いつかは「大統領」とか「オーダー」っていう存在にたどり着いちゃうじゃんか。そうなったらやり直しの理由②か③につながっちまうし、ヘタをすりゃ死んじまう。余生を穏やかに暮らすには王政復古を諦めるのは大前提なんだよ。

これは複雑ねえ……。


四人が虚構の現実の中に囚われている間、先生は何をしているんでしょうね。

そのカギは、ローガンが登場するシーンの、真っ白な背景だな。

ええ。あの真っ白な世界は先生自身が自らの意識を夢の中に取り込んだもの。四人がそれぞれ夢を見ている間、先生はその外側から彼らの様子を観察しているの。だからアーク様たちのいる世界には先生が存在しなかったんですのよ。

だが、黙って見てるだけじゃじれったいだろ。ローガンの思い通りに話が進まなかったり、あわややり直しさせられそうになったり。そういう時、ローガンは彼らの夢に強制的に介入して方向修正を図る。

それが「突然大統領がヌッと出てくるシーン」のカラクリなのね。先生は夢を見ている本人の目の前に現れて言葉をかけていましたわ。それにしてもやり方が強引よねえ。

不器用なんだよ、アイツは……。ともかくとして、ローガンが話しかけている相手を見れば、その世界は誰が見ている夢なのかが分かる。


まとめるとだな、本作の繰り返し続ける現実とは、王政復古を諦めてやさしい夢の中で幸せに暮らしてほしいローガンと、王政復古を諦めずに本当の世界で生きていきたいアークとの、THE・意地の張り合いってワケだ。

なんて壮大、そして個人的。……けれど、アーク様がこの現実を抜け出そうとする理由はそれだけではなかったみたいですのよ。


結末

ここからの話は本編6-3からの内容で、クライマックスのネタバレだ。今さらネタバレなんか気にしちゃいないだろうが、一度自分の目で結末を見届けてから読むのをオススメするなあ、俺は。

よろしいかしら、じゃあ始めましょうか。

ロディヤ、走馬灯って知ってるか?

それは、死ぬ間際に見るってヤツですわよね。それまでの人生の光景がバーッと瞬間的に流れるっていう……。あたくしは殺し屋ですから、走馬灯を見せることはあっても見ることはありませんわ。

そうそう。一瞬の時がものすごく長く感じられるんだってさ。科学的なコンキョはさておき、人間の脳みそってものすごく速く回転すると時間の流れがゆーっくりに感じられるらしいぜ。実はローガンの見せる夢も同じなんだよ。

へえ、そうなんですのね。あたくしも体験してみたかったですわ。

俺も頼もうかな。……っと、そうじゃなくて、大事なことは、虚構の現実を見ている間、本当の世界の時間はものすごくゆっくり流れているということだ。アイツらが夢の中で一年間を過ごしても、本当の世界では秒単位でしか経過してないワケ。だが、完全に止まることはない。ここで本当の世界での状況を思い出してみ?

オーダーの総攻撃が始まって、王城に立てこもったアーク&フェルドのもとに銃を持った敵が迫っている、でしたわね。

そうさ、だからアイツらが夢を見ているその瞬間も、オーダーの部隊は少しずつ二人のところに近付いてきていたんだ。

アーク様は「1000年分繰り返した」って言ってましたけれど、いくら時間の進みがゆっくりだからって、1000年分も過ごしてたらかなりの時間になりますわよね!?

ローガンとアークの意地の張り合いにもタイムリミットが来ちまった。オーダーがアーク&フェルドの目の前まで迫ってきてたんだ。そのタイムリミットは「やり直し回数の残数」という形で現れた。

本編では言及されていないけれど、「やり直し」の瞬間にググっと時間が進むみたいなのよね。ほら、ザ・ドリフターズのコントみたいなものかしら?場面転換の間、アーク様たちの意識は覚醒に近付いて、その分時間の進みも早くなっちゃうらしいんですの。

テラレジア人なのに日本のコメディアンの名前を出すなよ……。

好きなんだもン♡……ええと、なんだっけ。ああそうだわ、タイムリミットが迫って来たので、先生はなりふり構わなくなってついにタネ明かしをした上で虚構の現実に放り込んだんですの(6-4)。

だがアークはそれでも諦めなかったので、ローガンはいよいよ切羽詰まってきた。

その割には最後の数回は本当にひどい世界観でしたわね……(7-1、EX7-1)。

人はケツカッチンになると仕事が雑になるの。そうして最後に、アークがとある告白をする。アークが意地を張り続けたもう一つの理由、それはローガンをひとりぼっちにしないためだった。

もしもアーク様たちが先生の思惑通り、虚構の現実に満足してそのまま幸せに暮らしたとしたら?先生の目的は果たされ、あとは残りの何十年かを真っ白な空間でぼんやりしているだけ。アーク様にはそれが見過ごせなかった。だって、誰だってひとりぼっちはさみしいじゃないの。

四人の説得を受け、ローガンはついに根負けした。みんなで本当の世界に戻る、だがそれは、アーク&フェルドは死に直面することを意味する。この時すでに、オーダーの部隊は彼の目の前に銃口を向けていたんだ。

ここから逆転することなんてできっこない。それでも彼は「信じてくれ」と言うの。夢の中で繰り返し繰り返し戦ってきた1000年間、その経験が彼らを導いてくれるんですって。先生はその言葉を信じ、ついに彼らを本当の世界に戻すことにしたんですわ。

アークが導き出した唯一の生還策、それは「撃ち出された弾丸を王珠で受け止める」ことだった。王家の宝であり、力の拠り所であり、自分が王たる象徴だった王珠。それだけ重要なものを自ら捨てる道を選んだアイツにとって、最も大切なものとは……。これが『テラレジア・クロニコ』というお話だ。


ワンポイント解説

ここからは一問一答形式で要所の解説をしていきますわ。


オーダーって結局何がしたかったの?

オーダー、それは唯一絶対の「指令」であり、「秩序」。一介の暗殺者に過ぎないあたくしや、先生のような大幹部でさえその組織・構成員のすべてを知ることはありませんわ。一つハッキリしているのは、オーダーにとってテラレジアを支配することはそれ自体が至上の命題だってことですの。

俺だって相棒がそんな組織の一員だったなんて知らんかったよ。アハハ!


作中でちょいちょい見られたキャラクターの身体が重なって見える演出は?

いくつもの世界線があることの暗示……。何度も何度も繰り返した世界の中ではきっと、途中までずっと同じ展開をたどったものもあったんだろう。……たぶんそんな感じだ。

おじさま、自信がないのね……。


作中に度々登場した「オーダー」という単語、秘密結社「オーダー」とは何の関係もなさそうだけど、なぜ?

多分、アークたちの深層心理には「オーダー」という敵の存在が焼き付いていて、その単語を聞く度に、少々敏感に反応しちゃうクセがあったんじゃないかな。

オーダーって単語自体はありふれたものですものね。レストランで「ご注文は?」とかね。


作品紹介お姉さんことロディヤ・ハイルモンドって誰?

え、今さら?連載開始前からずっと「大統領秘書」って言ってたじゃないの。

そういうことじゃねえと思うぞ……。

えーコホン。あたくしロディヤ・ハイルモンドは、表向きは大統領秘書、しかして正体はオーダーの諜報員で殺し屋です。オーダーの大幹部である先生の身辺警護も兼ねてたわ。作中では描かれていないけれど、本当の世界では先生のおそばについてたり、諜報のためにアーク様、フェルド様に近付いたりしてたんですの。最後はどうなったかというと、概ね6-1にあった通りですわ。

この娘は存在自体がオーダーへの手がかりになっちまうので、ローガンは自分共々存在を消してたらしいな。あまりに出番が少なかったので作品紹介担当に抜擢されたんだとか。

これって役得?


大統領自身は100年分くらいループをしていると言っていたけど、アークは1000年繰り返したと言っている。どっちが正しいの?

これはおそらくアークの方が正しい。ローガンはずっと真っ白な世界にいたから、時間の感覚が鈍っていたと思われる。その点アークは繰り返す現実の中にいたから、繰り返す度に数えてたんだろうな。

でも完璧に信じるのはどうかと思いますわよ。1000年分ピッタリなんて運が良すぎるし、アーク様ってわんぱくだから、少しサバ読んでるかも……ウフ。何にせよ、人の一生を遥かに超える時間だと言うのは間違いないわ。


最後に掲載された6ページのマンガのサブタイトルが「1」なのはなぜ?というかあの話は何?

無限に繰り返す時間を越えた先にある新たな世界。でもあれ?アークの王珠が元に戻っているということは、あれも繰り返す現実の中の一つでしかないのか?真実はどうあれ、あそこから新しい物語が幕を開けるんだろうな。


ここだけのこぼれ話

さてと、ここまでで作品の大解剖は終了だ。

まだ解明されてない謎もあるかもしれませんけれど、その答えは自分で探すもよし、「そういうもの」として受け取ってしまうもよし、ですわ。

「そういうもの」ねえ……。

あら、何か?

なあロディヤ、お前さんテレビアニメ見る?

ええ、大好きですわ。大統領執務室って立派なテレビがあってね、先生は仕事もせずにテレビを観て腐ってるから、それにつられて夕方のアニメなんか毎週見てるのよ。

そうそう、あの時間帯って一話完結型のお茶の間向きなアニメがいっぱい放送されてるよな。うちのカノンも好きなんだけどさ。あの手の作品って毎週違う脚本家と作画監督が書いてるから、その度に設定とかキャラの言動とか、作画の感じも違ってたよな。

あー確かに!あたくしすっごくお気に入りの回がいくつかあって、後になって知ったんだけど脚本家が同じ人だったのよ!……それで、なんで今その話なの?

実はな、『テラレジア・クロニコ』という作品は、そういう作品に対する一つの「アンサー」なんだ。すなわち、「毎回違う脚本」「設定の微妙な食い違い」「作画のブレ」といった、制作側の都合で生じる不思議な現象に一つの「解」を見出した作品、それが本作ってこと。

へえー。「ループモノ」っていうメカニズムを利用して、制作者都合による齟齬をそれっぽい理由付けして作品内に落とし込んでみたってことね。その結果生まれたのがこの超難解な脚本なんですわ。世話ないわね。

それを言っちゃあオシマイよ……。


ところでおじさま、『テラレジア・クロニコ』には一つのモチーフがあるってご存知?

モチーフ?どういうこと?

あのー、ホラ、特撮の変身ヒーローってそれぞれにモチーフになったテーマがあるじゃない?例えば「バッタ」とか。

ふむ。この作品にも何かモチーフがあるのか。

そうですわ。どうやら「アーケードゲーム」らしいんですの。

アーケードゲームかあ、ブロックくずししかやったことねえや。

おじさまってお堅いのね、ステキ。アーケードゲームはね、1Pキャラと2Pキャラがいて色が違ってたり、1-1面、1-2面っていう風に進んでいったり、全部クリアするとEX(エクストラ)ステージが解放されたりするのよ。……ほらね?

ははーん、分かったぞ。そう言われると確かに意識してるなあ。けどこんなの、今言われなきゃ誰も気付かないだろ。本編の内容にも関係ないし。

それを言っちゃあオシマイよ……。


おわりに

以上が『テラレジア・クロニコ』という作品だ。「まだまだ説明が足りないぞ!」と言いたい諸君もいるかもしれないが、ずいぶん長くなってしまったのでここらでおしまいにするとしようか。

また機会があればあたくしたちや、原作者自ら何か語ることがあるかもしれないわね。他にも制作のウラ話があるんですって。何かしら。

最後にロディヤ、ここまで話をしてきて、この作品をどう読む?

「どう」っておじさま、そんな曖昧な質問をされても……。そうね、何かと不思議な空気感のお話だったわ。結子お嬢のお話(『お嬢店長おかしまし』)はもちろん、他の雨宿拾遺物語掲載作品とも毛色が違ってましたわ。……でも、それだけじゃなかったかも。

ほー?

確かに作品の設定はここまで解説しないと分からないような複雑極まるものだったけれど、その裏にあるキャラクターの行動原理というか、信念みたいなものは一介の疑問の余地もないほどに、単純明快ですわね。「仲間たちを想うように先生(ローガン)のことも思いやっていた王様」だとか、「親友が大切にしてきた人たちをたった一人で守り続けていた男」とか、そういうところはすごくまっすぐなお話だったわねえ。

確かにな。初めて読んだ時は「なんだこのもこもこヘアの男は」と思ったが、こうしてすべてタネ明かしされた後だと、違った風に見えてくるんだよ。

面白いわね。無限に繰り返し続けたアーク様さながらに、何度も読み返してみると味わい深いですわ。そもそもがとっても短いお話だから、読み返すハードルも低いし。

そういう楽しみ方もアリだなあ。


あーん!終わっちゃうの悲しいわ!あたくしだってもっと出演したかったのに!

そんな「作品紹介お姉さん」に朗報。テラレジアワールドはこれで終わりじゃないってよ。

マジですの!?

テラレジア共和国(王国)およびアーク&フェルドを取り巻く人々というのは、作者としてもかなり力を入れて作り込んだところで、本作で描かれた以上に「舞台装置」としてのポテンシャルがあると自負しているそうだぞ。その気合が現れてるのが「テラレジアの歩き方」だったりする。

テラレジア共和国という国に関して、設定資料に書かれたメモが残ってるんですの。「スペインのパッション、フランスのモード、イスラームのスパイス、ラテンアメリカのリズモとアメリカンロックでポップなカルチャーに乗せて――おまけにどこかジャパニーズ昭和ちっく」

えっと……どういうこと?

どんなお話でも描けそうなポテンシャルのある国を地球上のどこかに作ろうとして、最終的にうまいこと出来上がったのがテラレジア共和国らしいわよ。文化・風土・歴史・社会……どれを取ってもね。

ははーん。まあ結局何が言いたいかと言うと、「この世界観でもっとお話を描きたい!」ってこったな。

わーい!続編よ!

なお、詳細未定。何年後になるかも不明。だそうだ。

ぬか喜びだったわ……。


今後の展開はどうなることやら知れませんけれど、あたくしたちは気長に待つだけね。

せめてこの夜は、もう少し酒を楽しむとするか。

ええ、それじゃあ……

カンパイ!