テラレジアにも「秋の夜長」がある。
この辺りの日の出時刻はだいたい夏が午前七時前、冬が八時過ぎだが、大概それより三十分前には明るくなってくるから、人はもう動き出している。一方で日の入りはというと、冬が午後六時、夏が九時くらいで、日の出よりは開きがある。
まっとうなサラリーマンは午前から働いて、間に二時間の休憩を挟みながら午後六時までオフィスにいる。つまり一年のほとんどの期間は退勤後も辺りはしばらく明るいわけで、そうなるとどこかで一杯やってから帰ろうってなるのが人の常だ。馴染みのバルってのはこういう時のためにあるんだ。
ところがどっこい、夏はそうもいかない。日が長いといえども、否、だからこそである。夏の盛りのテラレジアはとにかく暑い。日陰から日陰へと、ちゃきちゃき動き回れたら理想的だが、そううまい話はない。冷たいビールを飲みにバルへ駈け込もうにも、人をぎゅうぎゅうに押し込めた狭いホールは暑苦しいったらありゃしない。こうなると人々が宴を始めるのはもっと遅い時間になってからのことになる。
その点、新年度に入って暑さも幾分和らいだ今の季節は一番いい。昼間は相変わらずうだるような熱気で満たされるが、それも夕方になればサッと引く。それでも街はまだまだ子供を外で遊ばせておけるくらいの明るさであって、それならばと、勢いづいた大人たちは仕事終わりの直後から街に繰り出し、そのまま真夜中過ぎるまでパーッとやる。非常に長い夜が幕を開ける、それがテラレジアの秋なのだ。
今日だって、繁華街を歩く人の群れは活気に満ち溢れている。少々溢れすぎているくらい。通りのバルはどこも明かりを煌々と焚いて、羽虫でもおびき寄せたいのかって感じだし、ネオンサインもぽうっと輝いて怪しい光を通りに投げかけている。
秋の夜長か。
フェルドは胸の内でそう呟いた。この群集を象徴するに最もふさわしいその言葉を。
彼はこの街の夜が気に入らなかった。自分の心中をよそに、周りが赤ら顔で能天気な笑いを見せているから?別にそういうわけではない。ヒステリックになって、喧嘩を売られたら今すぐ買ってやりたい気分?別にそういうのでもない。そもそもずっと前から気に入らなかったわけでもない、いつもなら揚々とこの中に混ざって、目を付けた女の子にナンパを仕掛けたりしているのだし。
おセンチなのか。そう嫌味たらしく言われたら、即、ぶん殴ってやりたいと思うけれども、状況を最も端的に言い表すならばそれが模範解答かもしれなかった。
繁華街の真ん中で自分自身を分析するなんて、こんな気色悪いことはさっさと終いにするのがいい。ひとまずは夜中になってアイツが寝静まるまで、適当に時間を潰せたらいいのだ。相手は誰でもいい。
フェルドは公衆電話が並んだうちの一つに入って、受話器を肩に掛けた。ポケットの小銭を電話機の上に並べて、胸ポケットに手を入れて探る――何もない。そういえば、電話帳は自室に置いてきたのだった。おそらくベッドの上に放ってある。
まったく、困り果てた。自分が今、空で言える電話番号はいくつあったろうか。ガリバンの親爺の手伝いで電話をよくかけるから、この頃はいろんな番号がすっかり混ざって記憶されてしまった。確実に思い出せるのは、自宅の番号、ガリバン印刷、その得意先がいくつか……。どれも女のアテは皆無。……そういえばもう一つ、テラレジオ・ポスト分社の事務所があった。この時間なら殆ど退勤しただろうが、ひょっとしたら……。だからって掛けるつもりはない。
結局、今日も一人だ。構うまいさ、話が通じないおバカさんと飲むくらいなら、一人の方が……
「うげ!」
突然、背中に何かが触る感触があってフェルドは飛び退いた。肩を電話機にぶつけて、小銭が音を立てて石畳に散らばる。振り向いた正面には、眼鏡を掛けた赤毛の女がこちらを見て満面の笑みで立っていた。
「フェルド様!その真っ白けっけな御髪ですぐに分かりましたわ。」
「うげ。」
「二回言いましたわね。」
よりにもよってコイツかよ。
テラレジア共和国大統領秘書、ロディヤ・ハイルモンド。そう、『あの』大統領の秘書サマ。そして、飲み相手を探している夜には絶対会いたくない女。
「お前さんはどうしてこう気配もなく突然現れるんだろうね。」
「実はあたし、暗殺者なのよ。こうしてフェルド様に忍び寄って……お命いただきに参りましたわ。」
笑えない冗談だ。実際、触られるまでまったく気が付かなかった。
ロディヤはその場に屈み込んで、フェルドの足元に散らばった小銭を拾い集めた。フェルドは受話器のブースで身動きが取れないまま突っ立っていたが、彼女はそのうちに、彼の腰の高さから仰ぎ見て微笑んだ。
「ウフ、これ、隣のブースから見たら完全にアレしてるようにしか見えませんわね。」
「お前が言うなよ。」
「パンツの中に小銭が入ってないか確認してもよろしいかしら。」
「ねえよ。」
ロディヤは小銭を拾い終えて立ち上がった。隣のブースで電話をしながらこちらを見ているサラリーマンにウインクを返して、集めた小銭をフェルドの上着のポケットに突っ込んだ。
「お前さあ。」フェルドは公衆電話の行列を指さした。「電話が使いたいなら向こうに並びなさいな。」
「でも、ここには列なんてありませんわ。」ロディヤは後ろを振り返った。
「あのねえ、フォーク並びって知ってるかな?」
「あたしの用があるのは電話じゃなくってフェルド様なんだから。」
「俺はねえぞ。」
「ウソおっしゃい、きっとありますわ。」
コイツはハナっから人の話を聞くつもりがないのだ。
「分かった分かった。」フェルドはロディヤをブースの外へ押し出した。「まずはここを離れよう。公衆電話と同伴喫茶を間違えるとんちんかんだと思われたらたまったもんじゃない。」
「お電話はいいのかしら。」
「話す相手なんかいなかったよ。」
「ウフ、フェルドって不思議な方。」
「お前にゃ負けるよ。」
フェルドはこれ以上公衆電話の待ち行列に白い目で見られるのは御免被りたかったので、逃げるようにその場を離れた。歓楽街の人ごみにすっかり紛れてしまってからは、またいつもの調子で歩き始めた。隣にはロディヤが寄り添って彼の顔を見上げていた。
アイツはロディヤのことを「素性が分からないから関わらない方がいい」と言う。「王のカン」だとか適当なことを言うが、その意見自体には異論の余地はない。だがフェルドは、自分から進んでこの女に関わっていると思われるのは心外だった。こう向こうから近付いてこられたんじゃ、遠ざけようがないっての。
ロディヤはフェルドの腕に人形みたいに引っ付いた。
「フェルド様、どこへでもお供しますわ。」
「俺がいつお前と飲むって言ったよ。」
「お酌をしてくれる相手をお探しだったんじゃないの?ちょうどそんな目をしてたわよ。」
「どんな目だよ。まあその通りだ……が、お前はお呼びじゃない。」
「どうしてぇ。」
ロディヤは一層身体を摺り寄せた。
「大統領の差し金だろ、お前。今度はどんな情報仕入れてこいって言われたんだ?」
「フェルド様は本気を出すと何回戦までやれるのか……とか?」ロディヤはウフと笑った。「ウソウソ。前にも言ったでしょう、これはプライベートですわ。あたしだって仕事が終われば一人の女。寂しい夜を紛らわせる相手を求めたっていいじゃない。」
こういう鼻にかかる言い方が気に食わない。わざと裏がある風に繕ってるところが面倒くさいことこの上ない。だが、女としては積極的なのも悪くはない。
「とにかくだ、」フェルドは組み付かれた右腕を揺すった。「今日は乗り気じゃないの。お前とも、誰とも。分かったら俺を離して帰れ……」
「喧嘩したの?」
ロディヤは腕を掴む手に力を込めた。フェルドはピタリと立ち止まる。それから彼女はフェルドの目をじっと見つめた。
「あの記者の子と?……いいえ、アーク様と。」
フェルドは怪訝そうなまなざしを返した。一体どこまで知ってるんだ、この女。
「当たってた?」ロディヤは首を傾げた。「昔から、人の目を読むのは得意ですのよ。ほら、『目は口ほどに物を言う』とも言うでしょう?そんな風に見えたから、言ってみただけ。……フェルド様、あたくし議員秘書をやっているだけあって、口の堅さには自信がありますのよ。フェルド様が何をお話しになっても、誰にだって、絶対に、口外しません。だから、あたしの中に全部ぶちまけたっていいのよ、一滴もこぼしませんから。」
「……お前の言い方はいちいち意味深長だよな。」
ロディヤは黙って微笑んだ。
「……ガキが喧嘩したみたいに言うなよな。そんなに過激なものでもねえし、そんなにバカ正直なものでもねえ。」
「そう……余計なお世話でしたわね。」
するりと腕が解かれた。ロディヤはあっさりと手を離して、そのままスタスタ歩き去ろうとする。フェルドは一度顔を背けたが、じきに向き直って、前方を歩く彼女の背中を呼び止めた。
「気が変わった。ちょっとだけ付き合ってやるよ。」
言い終わる前にロディヤは電光石火で戻ってきて、また元の位置に組み付いて収まった。
「そのまま『お突き合い』まで行きましょう!」
流れゆくままに立ち入った雑居ビルの二階、バーテンダーがいるアメリカ式のバー。こういう静かな店は誰かと二人で飲むにはちょうどいい場所だ。ところがフェルドは早くも後悔していた。ほとんど予定調和的に。カウンター席の隣ではオレンジ色のカクテルを傾けている。アイツが何をオーダーしていたかすら上の空で、覚えていない。カクテルの匂いはロディヤの首元から漂う香水ですっかりかき消えてしまうから、とりあえずは、オレンジ色だと分かればそれ以上の情報は必要ない。
「あーあ、情けねえ。」
フェルドは大きくため息を吐いた。ロディヤが振り向いて「何が」って首を傾げる。
「我ながら情けねえって話。あれほど面倒くさがっておきながら、結局こうして、お前と並んで座ってんだ。今日は乗り気じゃなかった、それはマジなんだよ。そんな状態でなし崩し的に誘いに乗ったって、すぐに気が滅入るって分かってんのにさ。事実、俺今そんな気分。それだけじゃなくてさ……」
「わがまま言ってごめんなさい。」ロディヤは申し訳なさそうに微笑んだ。「でも、あたし、今日はどうしてもフェルド様に会いたくって。」
フェルドは横目で彼女の横顔を見た。店に入ってから、さっきまでの調子はどこへやら、ロディヤはしおらしくなった。そうして改めて彼女を見てみると、やっぱり……いい女だ。そう思えてしまうから、一層惨めな気分になる。
「それに、よ」ロディヤは付け加えて言った。「好きな男性がいつもと違って曇ったお顔をしていたら、例えおせっかいでも、心配しちゃいますわ。」
「いつもと違うのは俺の方じゃねえよ。」
フェルドは吐き捨てるように呟いた。
「アーク様……やっぱりこの間のことを気にしてらして。」
……ちぇ、知ってるのか、コイツ。やはり大統領の手の者を前に、何かを隠そうってのは無駄なことらしい。小癪なことだが、今日だけは説明を省けてちょうどよかった。
「あの件は、始終陸軍内部の問題でしたわ。うまく統制できなかったのは大統領府にも責任の一端がありますけれど、間違いなく、アーク様とフェルド様に瑕疵はありません。どちらかといえば、王の威を借りようとしたメフィストに巻き込まれた被害者じゃないの。あの作戦だって承認したのは大統領府で、実行したのは第一師団。あれはお二方が……」
「殺したわけじゃない……って?そうだな。俺もお前の言う通りだと思う。だが、」フェルドは首を横に振った。「アイツはそうは思っちゃいねえ。」
「どうして。」
「王だから、だろ。甘いんだよ、アイツ。」
フェルドは指先でグラスについた水滴をなぞった。
「自分の手でやったんでもないくせに、バカに気に病みやがんの。……ロディヤさ、俺のこと調べたんだろ?だったら知ってるだろ、どうして俺が十年もムショに入ってたか。」
返答には少し間があった。
「ええ。」
それだけだった。フェルドはふっと笑った。
「だよな。大統領サマなら犯罪歴調べるくらいワケないか。だいたいがそんなことしなくても、図書館で、十一年前の新聞を掘り出してみりゃ分かるんだ。それなりに大きなニュースだったらしいしな。……だけどアイツらは、それさえしない。腫物みてえに思ってるのかな。」
「違うわ、きっと、優しいのよ。」
「だ・か・ら、あまちゃんなんだ。アイツはな、元より人の過去にはこだわらないってタイプらしいんだ。それは相手に対しても、自分に対してさえも。アイツも昔話をしたがらないんだよ。島にいた頃の暮らしを訊いてみても、『一人で生きてきた』とか適当こいてやがる。そこで問い詰めて俺ばっかり話を聞くのもおかしなもんだから、俺もそれ以上は訊かないんだ。アイツが俺の過去を何も知らないのとおんなじで、俺もアイツの過去を何も知らない。それで大した問題もないから別に構わないとも言えるが、やっぱりアンバランスなことには違いない。人の性格ってのはそいつの過去の積算だからな。今まで気付かないフリしてきたけど、あんなことがあってそれを思い出したんだ。」
「なんだ俺、今日饒舌だな。」フェルドは一人で苦笑した。ロディヤの言う通り、全部彼女の中にぶちまけてしまうつもりなのかもしれない。情けないことこの上ないが、今さら留められるものでもないや。
ロディヤはしばらくして「分かるわよ。」と呟いた。
「それで言うなら、あたしはフェルド様の側だわ。今までにどれだけ手にかけてきたことかしら。」
「『あたしは暗殺者だから』って?もういいよその話。」
「違うのよお。」ロディヤは胸の前で手を握った。「あたしにもいろいろありますのよ。フェルド様には何のことやらさっぱりかもしれませんけど……今日はあたしも饒舌みたいですわ。」
ロディヤは語り続ける。
「あたしはこの仕事につく前はとある会社で働いていたの。そこのつながりで『先生』……大統領のことですわね、ローガン・モルド氏と知り合ったのよ。それからご縁があって先生のもとで秘書として働くことになったの。先生の最初の印象は、とにかく変な人。ウフ、それは今もそう思ってるけれど。見た目だけじゃなくて、なんていうか、考え方が変わっているのよ。前の職場にいた人たちとは全然違う感じ。先生とは個人的にお話しする機会もよくあるんですけれど、あたしが先生によく言われたことは、『ロディヤくんは世界を知らないンダー』って。ウフ、どう、似てた?」
フェルドは答えるかわりに肩をすくめた。全然似てない。
「これ、決してバカにして言ってるんじゃないのよ。だってこの台詞を言う時の先生の様子は怒ってるのでも嗤ってるのでもなくて、哀しいっていうか、寂しいっていうか、そんな感じ。あたしに言ってるはずなのに、まるで、誰か向こうにいる人に向けて語りかけているみたいな。だから先生は心から、あたしには知らないものが多すぎるって思ってらっしゃるんですわ。」
「『どういう意味だよこのアフロヘア』って言ってやらなかったのか。」
「言ったわよお、もちろん。……あ、そんな言い方はしてませんわよ。そうしたら先生はこう言った。『世界を知るというのは、一人でできることじゃない。一人の人間にできるのは、一つのテレビ画面を食い入るように眺めることだけ。その画面の横にチャンネルを回すダイヤルがついてることにはちっとも気付かない。』フェルド様、この意味分かります?」
「いいや全然。面倒な言い回ししかできねえのかあのモジャモジャは。……つまりは、お前が今見てるのは一つのチャンネルだけ、本当はもっと他のチャンネルがあるのに気付いてない、と?」
「世界を一面的にしか見ていないってことかしら。先生が言うには、自分も昔はそうだったんですって。じゃあどうやってチャンネルを回すダイヤルを見つけたのですか……そう尋ねたら、『相手が必要なんだ。一緒に世界を見る相手が。ロディヤくんもいつかきっと出会えるはずだ、そうして、君を救い出してくれるはずなんだ。』ってさ。もうまったく、わけわかめですわ。あたし、今までの人生には割と満足してきたつもりだったけれど、先生が言うには不十分なの?あたしって囚われのお姫さまなの?フェルド様はどう思うかしら。」
「いやまったく。」フェルドは首を横に振った。「ただ少なくとも、お姫さまではないな。どっちかというと、悪い魔女。」
「いやん、フェルド様ったら!」
なぜ嬉しそうなのか。
ロディヤはグラスの底に残ったカクテルをぐいっと飲み干した。結局、あのオレンジ色のカクテルが何なのか分からず終いだ。それから彼女は人差し指を唇にあて、「でもでも」と続きを切り出した。
「こう考えてみたら少し話が通じたのよ。つまり先生は、フェルド様とアーク様のことをおっしゃってるんじゃないかしら……って。だとしたら話の意味が何となく分からないかしら、ねえ?」
「うーん。我ながら、というか自分のことだからこそ、分からねえ。仮にそれが俺たちの話だとして、なんでお前に話したんだ。」
「きっとね、こういうことよ。あたしにもフェルド様とアーク様みたいな相手ができればいいんじゃないかって。そして先生も昔、そういう相手に出会って、世界を知ったんだと思う。だからといって、あたしに具体的に何をしてほしいのかは分からないけれど、とにかく、先生はあたしに変わってほしいみたい。自分がそうであったようにね。」
「どうだかねえ。」
フェルドはモジャモジャ頭――大統領の本性を知らない。重要なことは何一つ分かっちゃいない相手の説教を大真面目に聞き入れるのも、反論するのも、とんと意味のないことだが、これくらいは言わせてほしい。
「自分を変えるための要素を誰かに求めるってのは、随分危ういこった。そいつがいつまでも今のままでいるって保証はないし、周りの環境だって、ずっと同じに留まってるわけじゃない。『○○あっての自分』になっちまったら、いざそれを失った時、目も当てられねえよ。結局、てめえを変えたきゃてめえ一人でやれってことだよ。今際まで自分の傍にいるのは、自分だけなんだからさ。」
「フェルド様……」
「あーあーあー、」フェルドは「お手上げ」って両手を掲げた。「何とでも言ってくれ。自分でもどうしようもないネクラ野郎だって分かってるよ。」
「何も言いませんわ。」
フェルドは俯きながらロディヤにちらりと視線をやった。彼女はこっちを見て微笑んでいた。
「……お前は『アイツと仲直りすれば』って言わないんだな。」
「それは……あの記者の子だったら言うのかしら?」
「言うなあ、きっと。」
カノンとはしばらく面と向かって話していない。グリムの一件以来は、顔を合わせれば会話くらいはするが、腰を据えて話した試しがない。どいつもこいつもゴミで詰まった排水口みたいに、流れが淀んで言いたいことも言い出せない。
「フェルド様はあの子のことを愛しているの?」
ロディヤは至って冷静に問いかけた。
「当たり前だ。」そう答えてから、暫し間を置いた。「だから近づきすぎたくないんだ。あの年頃のちんちくりんは、年上の男なら誰だっていいんだ。アークにはあの破戒尼がいるから、他に相手がいるとすれば……。つまり、そういうことだ。」
「なんだ、フェルド様も十分甘いじゃない。」
「そんなことねえだろ。」
「甘いわよ。あまちゃん三人に囲まれてたら、そうなっちゃうんですわ。」
「困ったなあ」フェルドは苦笑いした。「俺ももう戻れない、か。」
ロディヤは突然明るい声を上げた。余韻なんてへったくれもなく、「ねえ」と迫りくる。
「二人きりになれるところ、行きましょうよ!あたし、そんな気分よ。」
「元からそのつもりだったんだろ。」
「まあね。フェルド様だって、あたしと会った時からうっすら思い勃ってたでしょう?」
「どうせこうなるだろうとはね。もういい、お前に乗った。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。」
「ええもちろん!あたしのこと以外考えられなくなるくらい、さっくりイかせてあげますわよ。」
そう言うとロディヤは彼の手をがむしゃらに引っ張った。