作品ページへ戻る

第1記 カサブランカ

豚肉のしょうが焼き

※この記事はウソの旅行記です。


カサブランカ、と聞いて何を思い浮かべるだろうか。

そのような名前の花がある。「君の瞳に乾杯」、それは映画『カサブランカ』。

傘を持ったブランカ……てのはさすがに思いつかないと思うが、今日のカサブランカはモロッコの街の名前だ。


モロッコ――北アフリカの西に位置する国、海峡を隔ててスペインの南、大西洋に面したところにある。モロッコといえばモロッコいんげんとかいうのが思い出される。あれ、煮るとふにゃふにゃしておいしくない。ゆでるだけならいいんだけどね。

カサブランカはモロッコの最大都市だ。アフリカ全体で見ても指折りの大都市である。


前の夏に、一週間とちょっと休みが取れたので北アフリカを横断してみようかと急に思い立った。本当に突然のことである。カサブランカとエジプトのカイロを結んで地中海沿岸を中心にあちこち回ってみようというものだったが、どちらをスタート地点にするかで迷った。悩んだ挙句運命を天に任せてコイントスした結果、カサブランカを起点にすることに決まった。

カサブランカに直行便はないからドーハかパリか、中東・ヨーロッパの都市を中継して行く必要がある。たいていこういう旅の時は中継地点の都市も気になったりするものだが、私が止まったパリはもう行きなれたものだったのでいまさら気になるというほどではない(その話はまた今度)。とにかく、これといったトラブルはなくカサブランカに到着した。

ムハンマド5世空港、それがモロッコの空港の名前。ご存知の通りモロッコは王国なので、その国王の名を冠しているのだ。中継地点のシャルルドゴール空港といい(こちらはフランスの英雄と言われる軍人の名)、空港には特別な名前をつけられることがしばしばである。なぜなら、その方がかっこいいから、たぶん。日本の空港もネーミングライツで小銭稼いだりしないでやってみればいいのに。「神武空港」、「推古空港」、「後醍醐空港」、ほらどうよ。

カサブランカに着くなり目に付くのはヨーロッパの観光客。そりゃそうだ、今はバカンスシーズン真っただ中。長めの休暇を取って美しい眺めを楽しもうという観光客が多いのだ。バカンスと言えばコートダジュールとかが大定番なわけだが、同じように地中海沿岸のアフリカの都市も人気が高かったりする。カサブランカもそういう選択肢の一つなわけだ。ま、この海は大西洋だけど。


そんなヨーロッパの観光客に混じって最初に向かったのは「ハッサン2世モスク」。ハッサン2世が建てたモスク(イスラームの礼拝所)、というと歴史を感じるが、実際は1986年に建立されたのでバリバリの現代建築。しかしそれだけあって、モロッコでも最大クラスのモスクであり、モスクの象徴である尖塔は高さ200mにもなる。海に面して建てられているのだが、大変な迫力である。モスクの見どころといえばイスラーム建築特有の幾何学模様。タイルで描かれた壁の模様を見ているだけで引き込まれそうになる。


一方で、実際に訪れた者を引き込んでしまう場所もある。メディナ旧市街。何が引き込んでしまうかって、この街は迷路の如く入り組んでいるのである。無秩序に建てられた家屋がいつしか迷宮を創り出したのだ。日本の新しい住宅街は幹線道路から無関係な車両が進入するのを防ぐために道をうねらせたりするものだが、そういうのの比じゃない。私はといえば入る前から入念に経路を確認したものの途中からよく分かんなくなって近くの男性に訊いた。観光客が迷うなんて日常茶飯事なのだろう、懇切丁寧に案内していただいた。もう一度会いたいものだが、やはりまた迷ってしまうと思う。


思ったより街を歩くのに時間がかかってしまった。宿に戻ろうと思ったが、最後に夕日を見に行くことにした。

ビーチに降りていけば大西洋に沈む夕日が見られる。思えば私の故郷は大陸の東の果てのさらに先、大海より日の出ずる国。そこから大陸を丸っとまたいでここまで来たのだ。斜陽は衰勢の象徴だが、沈みゆく夕日は溶けた鉄のようにますます熱い。その先には暗い夜が待つが、それだって悪くないと思う。いつか昇る朝日まで、水たばこでもふかしながら待つのだ。

この夕日に旅の行く末を預けてみようか。